目次
謝辞
序章
概念、定義、測定基準
概念――貧困の意味
定義――貧困と非貧困の識別
測定基準――定義を運用可能にする
各章とそのテーマ
第1章 貧困の定義
貧困の定義に向けたアプローチ
・広い定義か狭い定義か
・所得か生活水準か
・所得か潜在能力か
絶対的/相対的の二分法を超えて
・「絶対的」貧困と「相対的」貧困
・必要を理解する
ラウントリーの読み直しと絶対的貧困という考え方が含意すること
・絶対性と相対性の和解
・一般の人々の貧困観と政治的機能
結論
第2章 貧困の測定
〈なぜ〉と〈どのように〉の問題
〈なにが〉の問題
・貧困の指標
・貧困の基準
〈だれが〉の問題
・だれが決めるのか
・分析の単位
・比較の対象
結論
第3章 不平等、社会的区分、さまざまな貧困の経験
不平等、社会階級、二極化
貧困の経験
ジェンダー
・「貧困の女性化」
・隠された貧困
・経済的依存
・自己犠牲
・時間
・個人か世帯か
・家族、労働市場、国家
「人種」
・貧困に陥る比率
・人種差別と人種主義
・人種によるステレオタイプ化
障害
・貧困に陥る比率
・原因となる要因
・排除と差別
年齢
・老年期
・子ども期
地理
結論
第4章 貧困と社会的排除
社会的排除の概念
・旅する概念
・さまざまなパラダイムと言説
排除/包摂のポリティクスと社会的配置
社会的排除と貧困の関係
・実証的関係
・概念的関係――「付加価値」とはなにか
結論
第5章 貧困についての言説――〈他者化〉から尊重・敬意へ
〈他者化〉と言説の力
歴史に根ざして
「アンダークラス」と「福祉依存」
「P」ワード
貧困の表現
スティグマ、恥辱、屈辱
尊厳と尊重・敬意
結論
第6章 貧困と行為における主体性――〈やりくり〉から〈組織化〉へ
行為における主体性
・行為における主体性と構造
・行為における主体性のモデル
・行為における主体性のタイプ
〈やりくり〉
・〈対処〉の戦略
・個人的資源と社会的資源
・非公式経済を通じての資源の増大
〈反抗〉
〈脱出〉
〈組織化〉
・組織化を制約するもの
・制約の克服
結論
第7章 貧困、人権、シチズンシップ
人権
シチズンシップ
・シチズンシップの権利
・シチズンシップと参加
声
・〈当事者の専門的知見〉
・影響力のない声
「哀れみではなく力を」
エンパワメント
結論
終章――概念からポリティクスへ
重要なテーマ
・構造と行為における主体性
・動的側面とプロセス
・さまざまな言説
・直接の視点と知見
研究と政策
・調査研究
・政策
再分配のポリティクス、承認と尊重・敬意のポリティクス
註
参考文献
監訳者解説
索引
前書きなど
序章
(…前略…)
○各章とそのテーマ
本書は貧困の概念に関するものである。しかし適切なところでは、原因と政策対応についての議論にも一般的な言及をしていく。こうしたものは本書の主たる焦点ではないのだが、説明と政策対応、そして概念・定義・測定基準とのあいだの相互的なつながりを念頭においておくことは重要である。本書の構成は、物質的な中心部から関係的・象徴的な外輪部へという動きに対応している。第1章では、まず貧困の定義を取り上げる。貧困を扱った教科書の多くで基本とされていることでも、慎重に考えるべき問題が少なからずある。第1章では、議論の現状を考察するとともに、貧困の定義への比較的狭いアプローチといえるものを、広範な社会科学の研究のなかに位置づける。第2章のテーマは定義を運用可能にすることで、測定に関する研究がどんどん精巧になっていくようすを伝えていきたい。
第3章では、貧困を構成し、形づくり、相互作用する構造的な不平等に目を向ける。社会経済的な二極化は、世界的にも各社会の内部にも存在しているが、そうした広い文脈に加え、貧困がジェンダーと人種にかかわる現象であることについても詳述する。また障害や年齢が貧困とどのように相互作用しているのか、貧困が個人や世帯、さらには広いコミュニティーというレベルでどのように経験されるのかについても目を向けていく。社会経済的な二極化の分析は、社会の頂点にいる者と底辺にいる者との不平等という、垂直方向の階層的関係に焦点をあてる。
対照的に、急速に影響力を強めている〈社会的排除〉という概念は、社会の主流の内にいる者と外にいる者とのあいだの二分された横の関係を描いている。第4章は社会的排除の概念にあてる。社会的排除は、貧困をめぐる議論ではもう十分に確立された要素だが、異論もきわめて多い。第4章では、増え続ける研究とそこから生まれてくる論争について概観する。貧困の概念に代わるものとしてなにか付け加えるものがあるのか、あるとすればなんなのかを考えるとともに、貧困をみるレンズとして、これまでともすれば無視されてきた側面に光があてられる可能性についても考察していく。物質的なものと関係的・象徴的なものとの関係と同様に、こうしたものも、あとの各章で詳述する動的側面、プロセス、行為と主体性といった論点をふくんでいる。
社会的排除は、現象としても「語られ方」の問題としても理解することができる。貧困についての言説が第5章のテーマである。ここでは焦点をさらに関係的・象徴的なものへと移し、政治や学問上の言説において、またメディアのイメージのなかで「貧困者」がどう表現されているかに関心を向ける。貧困を語ることばと、それが歴史的に連想させるものについて考えるとともに、いわゆる「アンダークラス」「依存の文化」といった現在の言説もあわせて検討する。こうした言説が「貧困者」の〈他者化〉やステレオタイプ化に働いていることを論じるとともに、貧困状態にある人々が広い社会にどのように受けとられ、扱われているか、そして当事者が自らについてどう感じているかに関して、言語とイメージの重要性を強調していく。
こうした言説から文化的な意味が生まれ、そこから生じる文脈のなかで、貧困状態にある人々は、社会的行為者として自らの意志や能力を働かせる。この文化的意味は、好意的な見方である「犠牲者」にせよ、悪意ある見方である「福祉依存者」にせよ、そのほとんどが「貧困者」に対し、受動的存在としてのラベルを貼るものとなっている。
対照的に第6章では、第3章で展開した構造的な枠組みのなかで、現在の社会学的・国際的な開発理論を活用し、これに貧困研究の結果もあわせながら、貧困状態にある人々が自身の生活の主体として性格づけられること、政治的なものもふくめた主体的な行為能力を働かせていることを明らかにしていく。そして続く第7章では、人権、シチズンシップ、〈声〉、〈力〉に焦点をあてる。貧困に関するポリティクスで現在大きく展開していることは、無力さと基本的権利の否定として貧困を理解せよ、貧困状態にある人々の声が公的な議論のなかで聞かれるべきだ、という要求の高まりである。
結論の章では数々の重要テーマを引き出す。示される方向は貧困の概念化であるが、十分な注意を払うべき側面が4つある。すなわち、物質的な核とともに関係的・象徴的・文化的な面をもつこと、貧困状態で(構造的な制限の範囲内で)暮らす者の行為における主体性、結果とともにプロセスと動的側面が重要であること、そして、それを下支えするものとしての貧困経験者の視点と見方、である。こうした側面に気を配った概念化ができれば、物質的・社会経済的なものと象徴的・文化的なものという誤った二分法を克服し、再分配と承認の双方の観点をあわせもつポリティクスを補強するのに大いに役立つことだろう。さらに一般化していえば、ここでの目的は、貧困状態にある人々への関心という、往々にして周縁におかれがちなものを、もっと広いシチズンシップや民主主義に関する政治的・論理的な議論に統合し、それによって貧困の分析をこれまで以上に広範な、社会科学的な枠組みのなかに位置づけることなのである。