目次
はしがき一(ジークリット・ルヒテンベルク/山内乾史訳)
はしがき二(ジェームズ・A・バンクス/山内乾史訳)
謝辞(ジークリット・ルヒテンベルク/山内乾史訳)
第一章 イントロダクション(ジークリット・ルヒテンベルク/山内乾史訳)
第二章 トランスナショナリズムと移住――社会科学の新しい課題と教育(ラドガー・プライズ/乾美紀訳)
移民の教育達成と受け入れ――トランスナショナルなパースペクティブの必要性
国際化の多様性(多様化する国際性)二一世紀に向けての類型学
結論――トランスナショナルな移住と新しいヨーロッパ?
第三章 (新たな形態の)移住――教育への挑戦(ジークリット・ルヒテンベルク/山内乾史訳)
ドイツにおける移住と教育――展開と現状
近年の移住の諸形態
第四章 学校における集合的連帯と社会的アイデンティティの構築――統一後の西ベルリンにおける移民の若者に関する事例研究(ザビーネ・マニッツ/葉柳和則訳)
ドイツの学校における移民の子ども
統合様式の十字路としての学校
差異についての支配的イメージ――ドイツ人と他者
グループの境界の再生産と脱構築――「外国系の」青年たちのアイデンティティをめぐる語り
結論
第五章 イギリスにおける移民とマイノリティの教育(サリー・トムリンソン/植田(梶間)みどり訳)
序論
移民のパターン
移民とマイノリティの経験
一九八八年以降の教育市場
排除された児童生徒と成績不振校
学校の多様性
マイノリティの学力
カリキュラムの問題点
教師の研修
宗教学校
結論
第六章 エスニック化した学校の発見――フランスの事例(フランソワーズ・ロルスリー/白鳥義彦訳)
エスニック化した学校――複雑な研究プログラム
場違いな生徒
親――学校選択とエスニシティ
学校関係者とエスニシティ
学校とエスノナショナリズム――明示的なカリキュラムから隠されたカリキュラムへ?
第七章 ヨーロッパの新しい移――住教育の変化と挑戦・ギリシアからのパースペクティブ(ソウラ・ミタキドウ、ジョルギオス・チアカロス/加藤善子訳)
ギリシアの移民
教育をめぐる問題
挑戦
第八章 家庭と学校での移民マイノリティ言語に関するヨーロピアン・パースペクティブ(ヒュース・エキストラ、クットライ・ヤムル/杉野竜美訳)
人口統計学的パースペクティブ
社会言語学的パースペクティブ
教育的パースペクティブ
第九章 多言語国家、多文化国家としてのスウェーデン――学校と教育への影響(トア・オッターラプ/武寛子訳)
イントロダクション
初期の言語的マイノリティ
新たな言語マイノリティ
教育に対する移民の効果
マイノリティの生徒の学問的成功
結論
第一〇章 オーストラリア――多文化主義、グローバリゼーション、トランスナショナリズムへの対応に見る教育の変革と課題(クリスティーヌ・イングリス/江田英里香訳)
変化するオーストラリアの移住パターン
移民の定住と受け入れに関する政策の変化
移住と民族的多様性に対するオーストラリアの教育的対応
結論
監訳者あとがき(山内乾史)
編者紹介
翻訳者紹介
図表目次
図2-1 ドーニャ・ロサのトランスナショナルな家族
図6-1 教育システムにおけるエスニシティの様態と利害関係とを研究するための分析枠組み
図8-1 多言語都市プロジェクト(MCP)の概略
表2-1 国際的な移民の四つの理念型
表2-2 国際化の七つの形態
表8-1 EU12カ国におけるマグレブとトルコを出自とする住民の公式人数(国籍の基準に基づく)、1994年1月
表8-2 (個人、母親、父親の)出生国を統合した基準(BCPMF)と国籍の基準に基づいたオランダの人口、1月
表8-3 多文化的社会における人口グループの定義とアイデンティフィケーションのための基準
表8-4 多文化的コンテクストを持つ4カ国における国勢調査の概観
表8-5 MCP質問紙の概略
表8-6 多言語都市プロジェクトのデータベースの概略
表8-7 ハーグのデータベースの概略
表8-8 最も多く報告された家庭言語ランキング21言語
表8-9 四つの言語の次元の平均値に基づく、言語グループごとの言語活力インデックス(LVI)(%)
表8-10 ヨーロッパの初等教育および中等教育におけるコミュニティ言語の教授(CLT)のステイタス
表8-11 中等教育における言語のヒエラルキー、地位の降順(1~6に分類)
前書きなど
監訳者あとがき
本書はイギリスのRoutledge社より二〇〇四年九月に刊行されたSigrid Luchtenberg (ed.)Migration, Education and Changeの全訳である。同書はアメリカ合衆国でもカナダでも同時発売されている。Routledge社はRoutledge Research in Educationというシリーズを刊行しており、本書はその第七巻に当たる。本書に限らず、このシリーズの各巻は大変内容的に充実している。
ヨーロッパは二〇世紀末のEU発足以降、大きく揺れ続けている。近い将来、EUの向かう方向によっては、ヨーロッパ諸国だけではなく、全世界も影響を受けるだろう。二つの論点がある。一つの論点はEUの諸規制への各国家の反発、目に見えない憤懣がつもっていることである。そして、これまでのEUが比較的同質的で交流も深かった諸国間の連合体だったのに対して、これからのEU拡大は社会的にも文化的にも異質的なものを取り込む方向へ向かっていくのは必然的であり、当然より一層の混乱が予想される。もう一つの論点は、移民の問題である。EUの拡大は移民の増大を招来し、ことに南アジア系、アフリカ系、アラブ系の移民が増大することが確実である。今回のフランス大統領選でもそうであったように、ヨーロッパの政局は移民問題への対処が大きな争点となる。そして教育の領域も例外ではない。イスラム文明の流入は、その端的な象徴であろう。
この二つの問題、EUの拡大とイスラム文明の流入の二つの問題がクロスするのが、おそらく近い将来のトルコ加盟をめぐる問題であろう。教育がどうあるべきかということを、この大きな政治的、経済的な状況の変化を抜きにしてキレイゴトだけですませることはできない。
私は本書同様、明石書店より刊行されている、平沢安政氏の訳による一連のジェームズ・A・バンクス氏の著作を読み、全面的にではないにせよ少なからず共感するところがあった。このような視点から書かれた著作がヨーロッパ諸国の教育(特に英仏両国)に関しても、ないものかと探していたところ、ルヒテンベルク氏の原著に出会った。本書は内容的に一読の価値は十分にあるばかりではなく、日本国内の大学・研究所の附属図書館でもあまり所蔵されていないこともあり、訳出の価値は大いにあると判断した。
本書に執筆している研究者は、サリー・トムリンソン氏、クリスティーヌ・イングリス氏はじめ一流の研究者ばかりである。異文化間教育、多文化教育を進めていく上で何が問題なのか、その現実に目を閉ざすことなく、主として社会学的な議論を展開しているところが、本書の魅力である。巷にあふれるお題目的に「異文化を積極的に受け入れましょう」と独善的なキレイゴトを並べてこと足れりとする、二流、三流の研究書とは決定的に異なるであろう。むろん、私のような、いささか保守的な人間にとっては、少し違和感を覚える箇所もあるが、現実を見た上でのあり得る考え方であることを認めるのにやぶさかではない。
本書は、はしがきのバンクス氏を入れて一二人の執筆者からなり、また翻訳には監訳者を含めて九人が関わっているため、大まかな訳語の統一に関するルールは作ったものの、厳格には統一していない。たとえばnation、communityなどの訳語は章によって異なる。それは各原著者の意を各翻訳者が読み込んで訳出した結果ではあるのだが、監訳者の力量不足によるものでもある。この点は読者諸氏にお断りし、お詫びしておきたい。
(…後略…)