目次
はじめに
刊行に寄せて
I 「見えない人々」を可視化する
1 なぜいま、無国籍問題か?
無国籍者から国籍を問う/世界人権宣言と無国籍
2 ドキュメンタリー映画からみた無国籍者
3 国家に所属しない人々の研究をめざして
4 基調講演「忘れられた人々」——無国籍の問題に対応する国際的な枠組みについて
世界各地における無国籍の現状
法律上の無国籍と事実上の無国籍
国籍(nationality)、市民権(citizenship)、そして無国籍(statelessness)
法律上の無国籍となる理由
事実上の無国籍となる理由
無国籍者に関する国際条約
UNHCRの取り組み
日本社会に発信するはじめてのフォーラム
5 無国籍の著名人
II 当事者の声から無国籍の現状を知る——パネルディスカッション〈第1部〉
1 「私」と無国籍
「法的に存在しない子どもたち」と出会って
在日ベトナム難民二世として生まれて
「どうすればいいのかわからない」苦しみ
行政手続きのはざまに落ちて
国家の崩壊を経験して
意識してこなかった人々の存在を知って
2 無国籍者がかかえる問題
在留資格と国籍
就職や結婚で直面した壁
証明書と事実の食いちがい
予防接種が受けられない子どもたち
国家や国籍とどう向きあうか
社会へのメッセージ
III 法的見地からみる無国籍とその解決策——パネルディスカッション〈第2部〉
1 人を取り巻く法制度——実態と形式のずれ
形式重視の法意識への警鐘
在留資格とは
日本に求められる役割
2 国際政治の変動と国籍
「脱北者」たち
外国人登録証の国籍表記問題
バルト三国のロシア人
3 国籍という壁を越え共存できる社会をめざして
現場における意識の改善
法や条約の理想の実践
社会に求めること
4 「忘れられた人々」の包摂への第一歩として
おわりに
一般参加者からの反響
[地図]世界の無国籍者
索引および関連URL
前書きなど
はじめに
世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)第15条では、「すべて人は、国籍を持つ権利を有する」とあります。同宣言採択60年にあたり、2008年11月23日、東京・青山の国連大学ビルで「無国籍者からみた世界——現代社会における国籍の再検討」と題するフォーラムが行われました。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日代表であるヨハン・セルス氏のいうように、無国籍の問題を真っ向から取り上げ、しかも無国籍の当事者がパネリストとして参加するというフォーラムはおそらく、日本でこれがはじめてなのではないかと思われます。そうした歴史の1ページを刻むであろうフォーラムの内容をこの1冊に収めました。
(…中略…)
UNHCRの2006年の調査報告によると、世界には無国籍の人が、1200万人ほどいるとみられています。また、2008年度版の『在留外国人統計』(財団法人入管協会)によれば、日本には、外国人登録証の国籍欄に「無国籍」と明記されている人が1573人います。しかし、こうした統計に反映されていない無国籍者は、じつはこの数をはるかに超えると推測されます。現実には存在しているにもかかわらず、社会的認知がきわめて低いため「忘れられた人々」「排除された人々」そして「見えない人々」となっているのが実情です。そのため、無国籍者を扱う法律や制度、彼・彼女らをサポートする組織は十分整備されてきませんでした。
本フォーラムの最大の目的は、一般の人々にはなかなか見えない、日本に生きる無国籍の人々の存在を可視化することにあります。多様な無国籍の当事者にパネリストを引き受けてもらい、彼・彼女らが無国籍者として生きてきた経験、国籍について思うこと、アイデンティティなど、自由に話をしていただきました。当事者のほかにも、無国籍児の出産に立ちあった助産師、法的な相談を受けている弁護士、無国籍の人と政府間の調整をする国際機関の職員、そして法学、歴史学、人類学などの観点から無国籍者の問題に取り組む研究者などが参加し、さまざまな観点から無国籍者について議論をしてもらいました。
パネリストの依頼に際しては、1.いろいろなタイプの無国籍者が日本にいるという実情を映し出せるように、2.世界における無国籍問題が概観できるように、3.個人のライフヒストリーを基本とするように、4.人生の各段階で無国籍者が直面する問題はさまざまであるため、出産、教育、結婚、就職などライフコースが概観できるように、細心の注意を払いました。
本書は各国政府、国際機関、そして社会が、無国籍問題についてまだ暗中模索しているなか、まずその真相を明らかにすべく、当事者の語りに耳を傾け、ここに収めました。日本の無国籍者をしっかり見つめ、彼・彼女らを通して国籍とは何か、国家とは何か、人権とは何かという問いに、新たな一石を投じることにつながれば幸いです。