目次
まえがき
序章 一九九六年夏
第1章 用語の位置づけ
1 市民社会と市民
2 NGO
3 市民社会とNGOの関係
4 大衆組織
第2章 ベトナムにおけるNGOの三類型
1 ベトナム政府公式発言によるローカルNGO(第一類型)
2 外国NGO(第二類型)
(1)法律文書と執行機関
(2)外国NGOの状況
(3)日本のNGOの状況
3 市民が立ち上げたローカルNGO(第三類型)
(1)市民が立ち上げたローカルNGOの分類
(2)公認NGOの事例
(3)半公認NGOの事例
(4)非公認NGOの事例
(5)市民が立ち上げたローカルNGOのまとめ
4 他国のローカルNGOとの比較
(1)日本のローカルNGO
(2)中国のローカルNGO
(3)ベトナム、日本、中国のローカルNGOの比較分析
5 NGO三類型の比較分析
第3章 ストリートチルドレン問題に取り組む政府とNGO
1 ストリートチルドレン問題の現状
(1)ストリートチルドレンとは
(2)人数とその動向
(3)生活状況
(4)発生原因
2 政府の取り組み
(1) 法的基盤
(2)行政機構
(3)政策の現状
(4)政府の取り組みの特徴と問題点
3 ローカルNGOによるストリートチルドレンのケア
(1)NGOの活動目的
(2) ケア活動の現状
(3)受益者側からみたケア事例調査
(4) ローカルNGOによるケアの特徴
4 政府とNGOの比較
(1)共通点
(2)相違点
(3)活動費用の比較
(4)結論
第4章 政府からNGOにかかる抑制
1 NGOと外国ドナーの協力活動への抑制事例
(1)外国修道会との協力事業
(2)日本のODAとの協力 その1
(3)日本のODAとの協力 その2
2 NGOへの直接の抑制事例
(1)施設運営主体の交代
(2)施設の閉鎖
(3)無料授業の停止 その1
(4)無料授業の停止 その2
(5)NGO経営者の逮捕・監禁
3 半公認・非公認NGOにかかる安全コスト
(1)情報収集コスト
(2)人間関係円滑化コスト
(3)安全のための国内広報コスト
(4)事故処理コスト
4 事例の分析
(1)外国ドナーとの協力活動
(2)NGOへの直接の抑制
(3)安全コスト問題
(4)分析の結論
第5章 NGOによる政府の抑制への対応
1 外国ドナーとの協力事例
(1)日本のNGOとの協力による施設建設 その1
(2)日本のNGOとの協力による施設建設 その2
(3)日本人個人ドナーとの協力による施設建設
2 ベトナム政府の取り込み事例
(1)地元当局教育担当者によるNGO施設支援
(2)地元当局とNGOによる無料授業共同運営
(3)公立小学校とNGOの共同事業
3 事例の分析
(1)外国ドナーとの協力
(2)ベトナム政府の取り込み
(3)分析の結論
終章 私たちにできること
1 研究の成果
(1)抑制をはねかえす市民社会のパワー
(2)政府とNGOの比較
(3)政府からNGO活動にかかる抑制
(4)研究対象とするNGOの位置づけ
2 提言
3 今後の課題
参考文献
あとがき
前書きなど
まえがき
「どうも学術論文というやつは読みにくくていけません。難しい言葉が山ほど並んでいるし、やたら先行研究の引用が多くてどこから本論に入るのかもようわからん。私は一般読者の立場に立って読みやすい、読んでおもしろい博士論文を書きたいです」
東京大学大学院博士課程の入試面接に当たっての筆者の言葉である。面接官の先生方の大ひんしゅくを買ったはずだが、それでも何とか入れていただいた。
「公約」を守ろうと、読みやすい博士論文を執筆し始めたとたんにつまずいた。指導教授曰く、「吉井さん、論文ですから論理的に書いてください」「吉井さん、文学的表現はやめてください」「吉井さん、個人の感想を書いてはいけません、客観的な事実だけ書いてそれを分析してください」「吉井さん、もっと先行研究の学術論文を読んでそこから引用してください」等々、等々……。
それで筆者のお気に入りの自慢の表現はどんどん削除され、無味乾燥な論文ができあがっていった。もともとこれはNGOのドナーさんたちにベトナムのNGOの事情を理解してもらいたくて書こうと思っただけなのに。
書きあがった博士論文を出版しなさいという話になった。おお、今度こそ所期の目的が達成されると喜んで、イヤイヤ書いた部分は大幅に削除させていただいた。そういう箇所は自分で読み返しても退屈だったのだ。そして文学的表現や個人的感想も一部復活させてもらった。そうしてできあがったのが本書である。学術的価値は低くなっても、読みやすさでは改善できた自信がある。
博士論文発表の時点から出版までに二年以上が経過し、ベトナムでの調査開始からは五年が経ってしまった。使用したデータにはそれ以上に古いものも混じっている。
本書にとって幸いなことに、そして路上の子どもたちにとっては不幸なことに、これらのデータは今も生きている。ここ数年でベトナムは着実に経済発展を進め、ホーチミン市は見違えるばかりにきらびやかな都会になった。しかしストリートチルドレンやNGOをめぐる状況は一向に変化していない。今日もサイゴン郊外のスラム街には学校に行けない子どもたちがあふれ、NGOの施設は公安警察から閉鎖命令を受け続けている。本書の論旨は今も有効であるとお考えいただきたい。
博士号取得が契機となって、筆者は日本の大学で「先生」と呼ばれる職に就くことができた。思えば筆者のキャリアは偶然に手伝い始めたベトナムのNGO、そしてそこで生活する子どもたちとのかかわりで培われてきている。本書はそのことへのお返しの意味を込めて、ベトナムの恵まれない子どもたちに捧げたい。
本書の読者が少しでもベトナムのNGOへの理解を深めてくださり、それがベトナムのNGO活動の発展にわずかでもつながれば幸いである。