目次
序章 世界と学力の多様性を描き出す(北村友人)
第1章 欧州連合(EU)
世界でもっとも競争力のある知識社会をめざして(澤野由紀子)
●ドイツ・オーストリア
移民受け入れに揺れる社会と教育と教育学の変容(近藤孝弘)
第2章 北欧
教育の理想郷とその変容(澤野由紀子)
●フィンランド
生涯にわたる学びのビジョン——世界の学力論議をリード(渡邊あや)
●スウェーデン
社会統合か社会分離か——学力論議に揺れる政治と社会(林寛平)
●ノルウェー
知識の質と不平等をめぐる教育改革の途上で(中田麗子)
第3章 イギリス
自立した学習者の創出と基礎学力——近代教育のパラドックスの深化(大田直子)
第4章 ロシア・CIS
体制転換とともに変わる学力観・変わらない学びの文化——(澤野由紀子)
第5章 北米
多様性のあるグローバリゼーション(佐藤学)
オバマ政権の教育政策(澤野由紀子)
●アメリカ・マサチューセッツ州
どの子も置き去りにしない法——テストとアカウンタビリティに基づく学力向上政策(黒田友紀)
第6章 ラテンアメリカ
植民地遺制と経済社会構造による格差に挑戦する国々(江原裕美)
第7章 東南アジア・南アジア
●フィリピン・カンボジア・バングラデシュ
多様な「開発途上国」——教育へのアクセスから質へ(北村友人)
第8章 東アジア
●中国・韓国・台湾
受験型学力から創造性・考える力をもつ学力へ(石井光夫)
終章 グローバリゼーションの中の日本の学力
●日本
学ぶ意欲の時代から学ぶ意味の時代へ——問われる「質と平等」の同時追求(佐藤学)
あとがき(澤野由紀子)
contents
前書きなど
序章 世界と学力の多様性を描き出す(北村友人)
(…前略…)
4.教育観のあり方を問う
本書の各章は、それぞれの執筆者が思い思いの自由なスタイルで書いている。一読するとわかるように、決まった形式にあてはめて各国・各地域の教育改革を杓子定規に切り取ることはしていない。むしろ、それぞれの国や地域の文脈にもっとも適したアプローチで、教育改革の諸相や教育観のあり方が揺れ動く様を描き出している。そのため、歴史を掘り起こすことで教育改革の変遷を浮かび上がらせる章があれば、今日の学校現場で起きている現象から教育観の揺れ動きを分析する章もあるといった具合に、非常に多様な構成となっている。
しかし、いずれの章においても、それぞれの執筆者が事例対象国・地域に対して抱いている熱い思いを感じるとともに、従来の教育観を改めて問い直そうとする姿勢を見ることができるであろう。その意味で、これまでの学力問題関連の類書にはないユニークな本ができあがったと、編者一同、自負している。
すでにくり返し述べたように、世界各地の教育改革が激しく揺れ動くなか、子どもたちの学力を考える土台となる教育観のあり方そのものが問われている。先進国と途上国との別にかかわらず、世界の各国・各地域の学力問題が、それぞれの社会の多様性を反映したものとなっており、それは日本に住む多くの人々がイメージするよりもはるかにダイナミックな様相を呈している。そのなかで、伝統的な教育観や学力観が大きく揺らいでいる状況を、本書のページをめくるなかから見て取ることができるであろう。
そして、同様の問題が、実は今日の日本においても身近な問題になっているということを思い起こさせてくれるはずである。そうした観点から、ここ十数年来の学力問題をめぐる論争を深くとらえ直すとともに、私たち日本人が一人ひとりの教育観を見つめ直す糸口を、本書は提示している。
また、いずれの国や地域においても、政治状況や経済環境の変化によって教育政策が揺れ動いてしまうことは避けられない。とは言え、教育という中・長期的な視野に立った政策の立案や実施が求められる領域では、できるだけその揺れ幅を小さくする努力が欠かせない。その意味でも、これからの日本の教育や学校のあり方をじっくりと考えるうえで参照しうるような事例を、本書のなかに見ることができるはずである。
最後に、教育改革や学力問題についての議論を、目先の成果にとらわれることなく深めていくことの重要性を指摘しておきたい。そうした議論の積み重ねのなかから、すべての子どもたちにとって未来の社会が希望に満ちあふれていると感じられるとともに、それぞれの人の幸福な生き方やコミュニティとしての連帯を考えるきっかけともなるような、豊かな教育の実践が生まれてくることを願っている。
本書が、そのための一助になるのであれば、執筆者一同、これ以上の喜びはない。