目次
はじめに
第1章 べトナムではどのような教育が行われているのか?
1 授業の風景
2 授業の特徴
第2章 ベトナムの教育が抱える問題
1 教育制度の問題
2 社会学の視点から見えてくる問題
3 教育学の視点から見えてくる問題
4 教師としての個人の意識の問題
第3章 効果が見えない教育改革
1 改革哲学を欠いた改革
2 誤解だらけの改革
3 現場軽視の改革
4 競争メカニズムを取り入れた改革
第4章 新しい教育開発アプローチの提案
1 従来型アプローチへの反省
2 改革の方向を明確にしよう
3 技術論から脱却しよう
4 「協同による学び」を組織しよう
5 教師の意識改革に取り組もう
6 効果的な教員研修を行おう
7 モデルを普及させるという考えは捨てよう
第5章 変わりゆくべトナムの学校と授業
1 授業の質的変化
2 教師の内面的変化
3 校長のリーダーシップ
補章 べトナムの教育制度と学校
参考文献
あとがき
索引
前書きなど
はじめに(一部抜粋)
(…前略…)
本書は、私が二〇〇四年から二〇〇七年までの三年間、教育開発の仕事で滞在したベトナムで悩み考えたことについてまとめたものです。近年、ベトナムでは初等教育カリキュラムの大改訂が行われ、国家をあげて教育の質的向上をめざしています。しかし、学校現場では依然として威圧的な教師による講義伝達式の授業が広く行われており、政府がめざす質の高い授業をなかなか実現することができません。その原因についてベトナム政府関係者は一様に、「教師の教授技術が低いからだ」と言います。しかし、私にはそれだけのように思えませんでした。もっと根源的な問題があるのではないかと思い、ひたすらその原因の究明に努めました。その結果、ようやくたどりついた答えが、「現場の教師にのしかかる過重なプレッシャー」という問題でした。このことは、我が国の昨今の教育現状と非常に似ているように思われてなりません。政府による現場を無視した教育改革によって、現場の教師は振りまわされているのです。せっかく「質の高い授業を!」と意気込んでも、制度や規則がそうした教師の意気を潰してしまうのです。
本書は、教育専門家やベトナム研究者の方々はもちろんですが、教育に興味・関心をもっておられる一般の方々にも広く読んでいただきたいと思っています。表題からも明らかなように、本書は「ベトナム」という国を扱っています。しかし、これは一つの事例にすぎません。私の本意は、その事例から導き出された問題や課題について、どのような戦略をとり、実際にどのようにしてそこに内在する問題を解決していったのか、という問題解決の過程をお伝えしたいと思ったのです。
さて、本書の構成ですが、第1章と第2章では、ベトナムという国が抱える教育上の問題を「授業」という視点から捉え、その背後にある原因について考察しています。第3章では、ベトナム政府が進めた教育改革とその問題点、すなわち、なぜ、政府主導の教育改革がうまく機能しなかったのか、という点を包括的に分析しています。そして、第4章では、教育の質的向上を成し遂げるために必要な施策を提案しています。ただし、この提案は私個人の単なる机上の理論ではありません。実際に、ベトナムの学校で臨床的に実践し、ある一定の成果をあげたものです。その成果については、第5章で具体的に説明しています。最後に、ベトナムの教育の全体像を知りたいという読者のために、補章としてベトナムの教育制度と学校について簡単に触れておきました。
本書をこれから読まれる方々には、ベトナムの教育事情を理解するだけでなく、ぜひ、ここから我が国の教育にとって有意義な何かを見つけ出してほしいと願っています。私の勝手な期待かもしれませんが、読者の皆さんにとって、本書が「教育」を考えていくうえでの一助となれば、これほど嬉しいことはありません。