目次
はじめに
序章 日韓交渉の争点と池田政権の位置づけ
1.日韓交渉についての先行研究の検討
1. 日韓交渉と過去の歴史清算に関する研究
2. 日韓交渉と日米韓三国の対外政策に関する研究
2.国際政治的な視点から見た池田政権の対韓政策
3.日韓交渉関連資料
第1章 池田政権以前の日韓交渉——請求権問題を中心に
1.請求権問題をめぐる攻防——「対日請求権」・「対韓請求権」
1.平和条約第四条の解釈
2. 「久保田発言」と交渉の中断
2.交渉の再開とその蹉跌
1. 交渉再開のための米国政府の仲裁
2. 交渉再開のプロセス——抑留者相互釈放
3. 「請求権」概念の確立
4. 交渉の再開と「北朝鮮送還」問題
5. 五〇年代の日韓交渉——その限界と意義
第2章 池田政権の対外政策における「政治経済一体路線」と日韓交渉
1.内政外交における「政治経済一体路線」
1. 「所得倍増計画」と国内政治の安定
2. 対外的安全保障の政策基調
2.「政治経済一体路線」の展開と日韓交渉(1)——対韓政策の基本方針
1. 対韓積極政策と交渉再開——「小坂外相の訪韓」
2. 軍事クーデターと朝鮮半島情勢の認識
1)「池田・ケネディ会談」
2)「国防会議」・「三矢研究」
3. 日米協調関係と対韓経済協力
3.「政治経済一体路線」の展開と日韓交渉(2)——請求権交渉
1. 交渉再開と「池田・朴正煕会談」
2. 朴政権の対日接近政策の背景
3. 請求権交渉——「小坂・崔徳新会談」
第3章 大平正芳の「政治経済一体路線」の展開と日韓交渉——請求権問題の合意
1.大平正芳の外交姿勢
1. 合理主義・現実主義・内政外交一体路線
2. 安全保障観——「総合安全保障論」的思考
3. 対米協調主義
2.池田と大平の関係
1. 「師弟の結び」
2. 「池田・大平路線」
3.請求権交渉——「大平・金鍾泌会談」
1. 「大平構想」と国内の意見調整
2. 政治会談のための予備折衝
3. 「大平・金鍾泌会談」——第一次会談
4. 「大平・金鍾泌会談」——第二次会談
1)「金・大平メモ」
2)裁断留保——内政への配慮
3)合意内容の検証とその意義
第4章 日韓交渉をめぐる国内外の状況
1.国内状況(その1)——自民党・野党
1. 自民党内の政治論争
2. 野党の反対論理
2.国内状況(その2)——財界
1. 池田政権と財界——「主流派」・「団体派」
2. 輸出市場としての韓国
3. 「日韓経済協会」
3.国内状況(その3)——反対運動
1. 「日韓問題対策連絡会議」
2. 反対運動低迷の諸要因
4.国際状況——米国
1. 日韓交渉への関心の背景
2. 圧力政策の限界
第5章 請求権問題合意後の「政治経済一体路線」
1.日韓交渉妥結の試み
1. 「一九六三年春調印・夏批准案」の行き詰まり
2. 韓国の政局安定のための日米による働きかけ
3. 漁業問題の政治決着を目指して——「大平・金溶植会談」
2.「一九六四年五月調印・六月批准案」の挫折
1. 内政への配慮——韓国の大統領選挙
2. 漁業交渉妥結のための予備折衝とその限界
3.日韓交渉再開の模索
1. 韓国国内の反対運動
2. 交渉再開と日米両国の対韓説得工作
4.池田退陣と日韓条約の締結
1. 池田退陣と佐藤政権の成立
2. 諸懸案の合意・仮調印
1)基本関係問題
2)漁業問題
3)法的地位・請求権・「独島(竹島)」問題
終章 「政治経済一体路線」とは何だったのか?——若干の考察と結論
1.はじめに
2.日韓交渉における「政治経済一体路線」
1. 内政外交における「政治経済一体路線」としての対韓経済協力
2. 安全保障政策における「政治経済一体路線」——請求権問題の合意
3. 大平正芳の請求権問題合意の論理
3.結論——池田政権の対韓政策に対する評価
おわりに
参考・引用文献一覧
事項索引
人名索引
前書きなど
はじめに
近年、日韓関係は非常に難しい局面が続いてきた。とくに二〇〇六年七月の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)によるミサイル発射実験、そして同年十月の核実験への対応および解決方法をめぐる認識のギャップによって、両国関係はさらに悪化してきたといえる。しかし、幸いなことに二〇〇七年九月に日本で福田康夫政権が成立して以来、いわゆる北朝鮮問題に対する共同対処の可能性が出始めるなど徐々に改善の方向に向かいつつある。このような傾向が将来の朝鮮半島、ひいては東北アジア地域の平和と安定の実現にとって非常に望ましいことであることはいうまでもない。
「安全保障問題は歴史問題である」という見方がある。これは真の意味での安全保障を確するためには、何よりも共通した歴史認識を有することが先決であり、そしてこのことを基礎としたお互いの信頼関係の醸成・構築が究極的には安全保障体制を確固たるものとするのにつながるという論拠であろう。このような視点から見るとき、やや拡大解釈の可能性はあるが、日韓交渉を外交史的かつ外交戦略的な視点からアプローチし分析することも日韓両国の信頼関係醸成・構築の一助となると考える。
本書は、このような問題意識から、池田勇人政権が日韓交渉の妥結に果たした役割について考察することを試みる。周知のごとく、日韓交渉に関する日本政府の資料公開はほとんどなされていない。近年の日韓交渉に関する諸研究の限界はまさにここにある。その意味では本書も、情報公開法に基づいて外務省官房情報公開室所蔵の日韓交渉関連資料を一部利用することはできたものの、資料的な限界を免れることはできなかった。しかし、本書は二〇〇五年韓国政府が公開した日韓交渉関連資料を利用できる幸運に恵まれた。日韓交渉に関する諸研究が資料的な制約の中で進められている状況の中で、出版を目前にこの資料を入手して修正・加筆できたことは非常に幸いなことであった。
以下、本書の構成について簡潔に示しておくと次の通りである。
第一章では、日韓交渉の全体的な経緯を把握し、また本書の議論について理解を深めるために池田政権以前の日韓交渉について請求権問題を中心に概観する。
第二章では、池田政権の対外政策とりわけ安全保障政策と日韓交渉を相互に関連づけながら検討する。もう少し具体的にいえば、まず池田政権の国内外の政策における政策的基調とは何だったかについて考察し、次にこの政策基調が実際に池田政権の対韓政策にどのように反映されたかについて論じる。
第三章では、請求権問題を合意に導いた当時の外相大平正芳に焦点を合わせて考察する。大平正芳の政治・外交姿勢、安全保障観、対米認識、そして池田と大平との関係について考察し、これらの要因が大平の決断——請求権問題の合意にどのような影響を与えたのかについて述べる。また請求権交渉のプロセスについて詳細に述べ、大平正芳の請求権問題合意の論理について論じる。
第四章では、池田政権の対韓政策に対する国内外の反響を中心に考察する。まず日韓交渉をめぐる自民党内部の政治論争、野党の反対論理、財界の反応、反対運動について述べたあと、いわゆる「経済協力方式」による日韓交渉妥結路線は池田政権による国内政局の運営にどのような影響を与えたかについて論じる。次に米国政府の東アジア政策と日韓交渉の相互関係について論じる。
第五章では、まず請求権問題合意後の漁業交渉過程、韓国内の日韓交渉反対運動について述べたあと、佐藤栄作政権成立後の日韓交渉の妥結プロセスについて概観する。
終章では、第一章から第五章までの総括を簡潔に行う。そのうえで、冷戦終焉後の対外政策および安全保障政策に関する諸議論を踏まえつつ、池田政権の対韓政策がどのように位置づけられるのかについて本書の結論を述べる。