目次
はしがき(今井 直)
第1章 拷問禁止を巡る日本の状況(村井敏邦)
1 拷問等禁止条約批准を巡って
2 判例と拷問等禁止条約、その他国際人権法への言及
3 拷問防止を実効的にするための措置
4 今後の課題
第2章 国際法における拷問禁止規範の現在
──「対テロ戦争」の文脈を中心に(今井 直)
1 はじめに
2 拷問禁止規範の国際法上の性格
3 「対テロ戦争」と拷問禁止規範
4 おわりに
第3章 拷問禁止委員会の報告制度の現状
──2006年国連拷問禁止委員会の対アメリカ審査を見ながら(新津久美子)
1 はじめに
2 拷問禁止委員会の報告制度の概要
3 拷問禁止委員会 アメリカへの報告書審査(2006年5月1日〜19日)
4 アメリカ 連邦最高裁判所判決(2006年6月29日 Hamdan v. Rumsfeld)
5 国連 自由権規約委員会 第87会期(2006年7月)
6 報告制度を真に生かすには
第4章 拷問等禁止条約と個人通報(海渡雄一)
1 拷問禁止委員会と個人通報制度の成立
2 拷問禁止委員会の構成と役割
3 個人通報手続の概要
4 通報制度の運用の実情
5 先例における「見解」の判断内容
6 拷問等禁止条約22条の下における個人通報制度の問題点と今後の課題
7 日本にとっての課題
第5章 ヨーロッパ拷問防止委員会の活動
—ティモシー・ハーディングCPTエキスパートに聞く(新津久美子/ティモシー・ハーディング)
1 はじめに
2 CPTの構造、特徴、活動
3 ティモシー・ハーディングCPTエキスパートに聞く
第6章 刑法における拷問の処罰
——特別公務員犯罪の検討(本庄 武)
1 はじめに——課題の設定
2 刑法上の犯罪とその保護法益
3 実行行為
4 目的規定の不存在
5 主体
6 未遂処罰
7 普遍主義
8 結びにかえて——拷問罪の創設の可能性
第7章 拷問等禁止条約と刑事施設における人権侵害に対する救済・防止メカニズム(桑山亜也)
1 はじめに——救済と防止による二重の保護
2 刑事施設における人権保障の意義
3 拷問等に対する事後救済
4 拷問等の事前防止措置——訪問による防止メカニズム
5 日本の刑事施設における人権侵害に対する救済・防止制度
6 さいごに——国際人権法と刑事施設
第8章 刑事施設内における人権侵害救済活動の実際
——弁護士会人権調査の現場から(大橋さゆり)
1 はじめに
2 人権救済申告制度とは何か
3 全体に占める被収容者からの申告の件数
4 被収容者の申告に伴う困難
5 申し立てたことによる影響
6 執行された人権調査結果について
7 迅速な救済のための工夫
8 刑事拘禁施設との協議による改革の展望
第9章 日本の精神医療と拷問等禁止条約(滝本シゲ子)
1 はじめに
2 日本における精神科医療の現況
3 第1回政府報告
4 拷問の防止・禁止の前提としての国際準則
5 まとめ
第10章 医療従事者と拷問等禁止条約(オーレ・ヴェデル・ラスムセン/翻訳:桑山亜也)
はじめに
拷問等禁止条約19条に基づく締約国からの政府報告書
医療従事者にとって特に重要な拷問等禁止条約の条項
[原文]The medical profession and the UN Convention against Torture by Ole Vedel Rasmussen
[資料1]拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(政府訳)
[資料2]拷問および他の残虐な、非人道的なまたは品位を傷つける取扱いまたは刑罰に関する条約の選択議定書(翻訳:今井 直、桑山亜也)
あとがき(村井敏邦)
執筆者一覧
前書きなど
はしがき
「テロとの戦いで、当局は、国家の安全にとって緊急性のある場合は、情報を得るために容疑者を拷問する権利があるか?」との問いが発せられた時、多くの人は何と答えるだろうか。法的観点から、倫理的観点から、あるいは宗教的観点から、さまざまな答えがかえってくるかもしれない。しかし、少なくとも国際法上は(そして多くの国の国内法上も)、イエスと答える余地はないであろう。拷問等禁止条約は、「戦争状態、戦争の脅威、内政の不安定又は他の公の緊急事態であるかどうかにかかわらず、いかなる例外的な事態も拷問を正当化する根拠として援用することはできない」(2条2項)と明確に規定している。拷問禁止の絶対性は、単に条約上の定めであるだけでなく、一般国際法の規範でもあり、しかもそれは拷問以外の残虐な取扱いや非人道的取扱いをもカバーするとされている。
この拷問禁止の絶対性について、「それは現行の法的ルールであるかもしれないが、現実とは乖離している」と言う人もいるかもしれない。こうした考え方は、とくに9.11同時多発テロ以降確かに広がりを見せている。では、そういう人が、テロの抑止・防止にとって拷問が有効策であるということを実際に証明できるであろうか。拷問は古代ギリシャ・ローマの時代から用いられてきたとされるが、歴史的に見ても、拷問の有効性を、説得力をもって具体的に立証した文献の存在を我々は知らない。
拷問が社会防衛の手段となるという考え方は、幻想であるかあるいは方便にしかすぎないであろう。では、なぜ現代でも拷問は行なわれるのであろうか(世界の人権状況に関するアムネスティ・インターナショナルの2006年報告書によると、今日でも104カ国で拷問が行なわれていると報告されている)。拷問の被害者は、犯罪やテロの容疑者であろうと、その時点ではすでに加害者の権力的支配下にある無力な人間である。そういう者に対して拷問は行なわれるのである。目的が自白や情報を得るためであろうと脅しや懲らしめのためであろうと、そこには密室の中で、誰にもはばかることなく、力の行使を命令あるいは実行できる人間たちがいる。そうした人間たちが権力の魔性に取り憑かれたとき、拷問が起こるのであろう。とりわけ、自らの手を汚すことなく拷問を命令できる地位にある者にとっては、そこで得られた「成果」は、それが目的達成においては1割の確率であっても大きな「拾い物」である。テロや犯罪の容疑者を「悪の中の悪」と自らに思い込ませれば、人間としてではなく「物」として扱っても、そう良心の呵責はないのかもしれない。これは、まさに被害者のみならず加害者たち自身も非人間化してゆくプロセスである。
拷問等禁止条約が1984年国連総会で採択されたのは、1970年代から1980年代にかけてとりわけ中南米での軍事独裁政権の下で組織的拷問が日常化していたことを、国際社会が目撃したからであった。こうした「汚い戦争」と呼ばれた状況に対して、拷問を廃止、防止するための国際レジームを創設しようとするのがこの条約であり、それを推進したのが欧米諸国であった。しかし、今アメリカは、自ら掲げた「対テロ戦争」の遂行において、この反拷問レジームから明らかに逸脱する行動をとり、欧州諸国においてもその片棒をかつぐようなケースが発覚している。この状況を危惧して、2005年12月の国際人権デーの際、国連のアナン事務総長(当時)は、「拷問はテロに対する戦いの手段とはけっしてなりえない。なぜなら拷問はテロの手段でしかないからである」とするメッセージをあえて出している。拷問等禁止条約の精神は、その成立から20年後の今日、まさにその推進者により汚されており、その意味では拷問禁止をめぐる状況はより深刻といえるかもしれない。
本書は、拷問等禁止条約の内容・特徴を解説することを目的としたものではなく(条約の解説については、アムネスティ・インターナショナル日本支部編、今井直監修『拷問等禁止条約——NGOが創った国際基準』(現代人文社、2000年)等を参照されたい)、国際社会と日本における条約の規範内容の展開や実現のありようを、各専門分野の立場から考察した論文を集めたものである。著者は、刑事法や国際人権法の研究者、弁護士、NGO活動家など多岐にわたっており、専門的かつ実践的な論文集となっているものと思われる。
なお、本書は、龍谷大学矯正・保護センターの「21世紀・新『矯正・保護』プロジェクト」のうち「被収容者の人権に関する国際準則プロジェクト」(2002年〜2004年度。2005年〜2006年度については、21世紀刑事政策プロジェクトのうちの1つとして位置づけられている)において研究活動を進めてきた「拷問等禁止条約の国内実施に関する研究会」(代表:村井敏邦〔龍谷大学法科大学院教授・刑事法〕)における5年にわたる活動の1つの成果である。その活動と出版に当っては同センターから多大な助成を受けていることを、感謝をこめて記しておきたい。
2007年1月
今井 直