目次
日本語版のための監訳者序文
序文
謝辞
概要
第1部 教育における多様なシナリオの創造と活用
第1章 情報化社会の教育:シナリオ、公正と平等(Jay Ogilvy)
第2章 システム思考、システム思考者と持続可能性(Michael Fullan)
第3章 シナリオ、国際比較、そして教育的なシナリオ分析のためのキー変数(Jean-Michel Saussois)
第4章 シナリオの開発:アプローチのタイプ(Philip van Notten)
第5章 未来研究、シナリオ、そして「可能性の空間」アプローチ(Riel Miller)
第6章 未来思考法と教育への選択肢(Jonas Svava Iversen)
第2部 実践的な未来思考
第7章 イギリス:リーダーシップ能力の構築を目的としたシナリオの利用
第8章 オランダ:改革・学校組織・リーダーシップの開発に関する未来思考
第9章 ニュージーランド:中等教育に関する未来プロジェクト
第10章 オンタリオ(英語圏の教育システム):「専門職としての教育」の未来
第11章 オンタリオ(フランス語圏の教育システム):ビジョン2020モデル
第12章 未来思考の可能性と課題
前書きなど
日本語版のための監訳者序文——未来を考える力
本書のキーワードは、未来とシナリオである。まず未来であるが、本書は、OECD(経済協力開発機構)が行っている「Schooling for Tomorrow」プロジェクトの最新の成果である。「Schooling for Tomorrow」プロジェクトでは、これまで「明日の学校」という邦訳がなされてきた。しかし、以降刊行するこのプロジェクトの邦訳では、明日の学校がどうなるか、という身近な意味で誤解を生みやすい言葉ではなく、よりこの言葉のもつ積極的な意味合いを勘案して「未来の教育改革」と訳出し、「未来の教育改革」シリーズとして刊行することにした。本書は、その第1巻であり、教育の未来を具体的な方法により考えていこうとするものである。
では、どのように未来を考えていくか。そこで、シナリオという技法が鍵となる。シナリオ・プランニングの手法は、これまでどちらかといえば、企業で用いられてきた手法であり、最近では国際的な企業の多くがこの手法によって、計画を立て始めている。国際機関であるOECDがこの手法に注目して、教育に活用したのが本書である。
そのため、本書では、まずシナリオ・プランニングの考え方と活用法を紹介し、各国における具体的な実践事例を展開している。
本書は、基本的には、教育計画を作成しようとする読者を対象に書かれているが、読んでいただければわかるように、教育計画の策定は、今後、行政担当者だけではなく、親や教師、地域の多くの人々、つまり基本的には地域に暮らすすべての市民が関わっていくことになる。そのため、教育計画の作成に、今後、多くの人々が参加するとすれば、教育を考えるすべての人々にとって有意義な本であるといえよう。
加えて、この本で紹介されるシナリオ・プランニングという方法の学習は、私たちに「未来思考」、「システム思考」など多様な考え方を具体的に示してくれる。こうした考える力は、今後の市民にとって重要な「キー・コンピテンシー」の習得にも役立つ。
2003年に刊行された、Key Competencies for a Successful Life a Well-Functioning Society(『キー・コンピテンシー』立田慶裕監訳、明石書店、2006年)は、今後の国際社会で必要とされる3つの基本的な能力(コンピテンシー)について紹介している。このコンピテンシーは、OECDが主催した国際シンポジウムを通じて、世界12カ国の行政関係者や企業人、国際機関の代表者らとともに、哲学から経済学や政治、教育学など多様な学者も加わって検討された結果、抽出された能力であった。この能力を各国の市民が身につけることによって、個人の幸福な生活や社会の発展がよりスムーズに行えるようになるというのである。そして、その基本的なコンピテンシーの1つに、「自律的に活動する」力がある。この力は、さらに、「大きな展望の中で活動する」、「人生計画や個人的プロジェクトを設計し、実行する」、「自らの権利、利害、限界やニーズを表明する」というさらに3つのサブ・コンピテンシーに分かれている。
本書の意義の1つは、この力のうち、「大きな展望の中で活動する」、「人生計画や個人的プロジェクトを設計する」力の習得に役立つことである。
大きな展望の例として、前書では「グローバルに考える」ことが大切であると述べている。「個人は身近な状況を越えて、自らの行動がもたらす長期的で間接的な影響を見通し、また自分の必要や利害を超えて、他者の必要や利害を見通さなければならない」という。個人が問題を「グローバルなレベルで理解し、また自らの役割と行動の結果をより広い文脈で(歴史的、文化的、あるいは環境的に)理解できる」力である。本書が示しているいろいろな教育のシナリオ作りは、こうした観点を市民が身につけることができるようにする(『キー・コンピテンシー』112頁)。
その際に用いられるのが、グローバル思考だけではなく、未来思考である。未来思考とは、現在から未来を設定し、設定した未来から現在をふり返って考えていく思考法である。これに対し、過去思考とは、現在から過去をふり返り、その過去から現在をたどることによって現在を見直す思考法ともいえよう。この両方とも、プロセス思考の方法と本書では捉えられ、多様な社会の中で教育が展開する複数のシナリオを考えながら、そのプロセスでいろいろなアイデアが生み出されたことが各国の事例で報告されている。
さらに、過去思考も重要だが、「人生計画や個人的なプロジェクトを作る能力には、未来志向であること、つまり、楽観主義と潜在的な可能性が前提となる」(同書、114頁)。未来志向を行うために、本書ではときどき、「前向き思考」(forward thinking)という言葉が現れる。日本語、特に行政や企業では、「前向きに検討します」とは、時に何もしないことを意味する場合があるが、本書では文字どおり、積極的な前向きの考え方であることをここでは強調しておくことにしたい。ただ、どのような未来への方向を向いていくかは、シナリオの目的や内容、デザインの仕方で異なり、未来志向をもった思考法でより精密な未来図を描き、その未来に参加しながら、教育について考えていこうというのが本書のねらいである。
本書の構成
本書は、2部12章からなり、第1部では、シナリオの考え方と使い方が詳しく説明され、第2部では、イギリス、オランダ、ニュージーランド、カナダ各国のシナリオ法を用いた具体的な実践例が展開される。
第1部第1章では、シナリオ法が今日なぜ重要視されるか、その重要性と、教育にとってのシナリオ法がもつ「方法としての精密性と具体性」という意義が述べられる。特に、科学技術を駆使した精密な農業が行われるように、教育計画もまた精密に科学的に行っていくためにはこの方法が不可欠だという。第2章では、シナリオ法を用いる上で重要な「システム思考」と「持続可能性」がキー概念となる。教育を考える際には、他の多様な社会的な変動要因抜きに考えることはできない。そこで時間的、空間的に大きな展望に立ちながら、教育が他の要因によって変動することを考えていく。空間的な展望に立った考え方としてシステム思考が、時間的な展望に立った考え方として持続可能性が説明される。
さらに、第3章以降、次第にシナリオ法が詳述されていく。第3章では、上記の変動要因(「ドライビング・フォース」と呼び、推進力の意)を展開させていくことから生まれるいくつかのシナリオモデル(保守化、生き残り、変容、市場モデル)が示される。第4章では、シナリオが焦点をあてる対象について、組織のようなミクロなモデルから、環境や政策といったマクロなモデルまでを視野に入れ、さらに時間的なプロセスに注目することによって時間的、空間的なモデルを発展させる多様なアプローチを考えていく。こうして変数が増すにつれ、モデルが複雑化する可能性が増していくが、実践的なシナリオ活用を考えていく場合には、もっと現実に即した方法が必要となる。そこで、第5章では、シナリオを用いる人の望ましさや価値観を考え、動向型と嗜好ベース型のシナリオが紹介される。第1部最後の第6章では、ユーザーの立場から実践的なシナリオを作るための方法が紹介されていく。
以上の考え方を踏まえて展開されるのが教育をモデルとした第2部の具体的な実践モデルである。
第7章のイギリスの例では、学校指導者が決定を行う際に価値や目標を明確にするツールとして、フューチャー・サイト(Future Sight)が紹介される。第8章オランダの先進事例では、Slash/21という学校の再構築モデルが示される。このモデルが前提としているのは、個人化と知識社会である。第9章ニュージーランドの事例では、中等教育の未来について4つのシナリオが示される。特にこの事例で注目すべきは、キャラクター・ナラティブという方法であり、いろいろなキャラクターの未来市民のインタビューからそれぞれのシナリオの持つメリットや課題が明らかにされていく。本書ではカナダのオンタリオ州について、英語圏の教育とフランス語圏の教育システム、2つの事例が紹介される。前者では「専門職としての教育」モデル、後者では「ビジョン2020」という2つのシナリオが提供されるが、特に後者では既存の言語文化保護政策とのすりあわせや教育関係者のさまざまなフォーラムが効果を発揮する。シナリオが現実を活用するだけではなく、現実の政策にシナリオが活用されたり、シナリオの作成活動から実際に多様な実践的教育活動が生まれていくこととなる。
最後の12章では、以上の事例を踏まえながら、未来思考とシナリオ法が持つ長所と課題が多様な切り口からまとめられている。本章を読んでいただくだけでも、教育のシナリオを考えることの面白さを知っていただけるだろう。
2006年10月
国立教育政策研究所生涯学習政策研究部総括研究官
立田慶裕