目次
はじめに
1 概 要
第1章 気候と地勢——ヒマラヤ山脈の奥深くに宿る心
第2章 ブータンの言語——多様なる言語事情
第3章 多様な民族——東西文化の違いと民族の変容
第4章 いまでも残る旧支配階級——地方有力者と現王朝との関係
第5章 王政の推移——王政の成立過程とその現在
第6章 国教——カーギュ派・ドゥック派の唯一の独立国
第7章 GNH——世界をリードする新たな開発理念
2 社会と生活
第8章 道路事情——まがりくねった道の先には
第9章 医療——西洋医学と伝統治療
第10章 教育——ゾンカ、それとも英語? ゆれる教育方針
第11章 IT事情——電話、テレビ、インターネットが導入されて
第12章 スポーツ事情——サッカーから体育教育まで
第13章 交通事情——広がる車社会と“手信号のおまわりさん”
第14章 電気——国をあげての大規模水力発電プロジェクト
第15章 マスコミ——噂話からテレビまで、ブータンの情報伝達の仕組み
第16章 女性をとりまく生活環境——現代主婦のかかえるさまざまな問題
第17章 水事情——豊富な水のイメージに反して、深刻化する水不足
第18章 観光——複雑な観光料金体系とエコツーリズム
第19章 食文化の変容——近代化による食生活の二極化
第20章 ファッション事情——ブータン人はおしゃれ好き!
第21章 トレッキング——旧道を歩くのどかな旅
3 経 済
第22章 五カ年計画の推移——国際情勢に大きく左右されるなかでの独自路線
第23章 援助と国家財政——アメリカドルとインドルピー
第24章 物価の変動——物価から見える社会の変容
第25章 食料自給率——農業国ブータンのジレンマ
第26章 輸出入事情——日本とのかかわりの深いブータンのマツタケ
4 政 治
第27章 環境政策——環境先進国としてのブータンの生きる道
第28章 行政組織——公務員天国と思いきや……
第29章 文化保護政策——文化保護を国策とした理由
第30章 爵位制度——「ダショー」その知られざる生活
第31章 政治体制——柔軟さとリーダーシップをかねそなえた王制
第32章 司法制度——ディベート文化と村社会
5 国際関係
第33章 消失していった近隣王国——シッキム、チベットの消滅からブータンが学んだこと
第34章 西岡京治のまいた種——親日国の歴史に刻まれる一人の日本人
第35章 隣国インドとの関係——インドを支配していたイギリスとの歴史を中心に
第36章 SAARC諸国とのつながり——インドの脅威に足並みの揃わない南アジア諸国
第37章 ブータンで働く外国人——インド人抜きには語れない外国人労働者事情
第38章 ブータンに存在する反インド政府勢力——ブータン王国存続の最大の危機
6 歴史と文化
第39章 伝統建築物——地産地消の具象化
第40章 ゾン——政治と宗教の中心シンボル
第41章 宗教建築物——ブータンの景観を形作るもの
第42章 民家のいま——伝統建築とその生活様式の変化
第43章 マナーや礼儀作法——狭い社会で生きるコツ
第44章 トランスヒューマンス——生活のパターンにしみついている遊牧民的素養
第45章 伝統貿易——歴史の舞台となった古い交易路
第46章 生活用具——遊牧民の末裔としての痕跡
第47章 法要や葬送——信仰と共に生きる人びと
7 生活に根付く宗教
第48章 祭り——「ハレ」の日を楽しむブータン人
第49章 名前——ファミリーネームのない人びと
第50章 結婚にまつわる話——重婚ができる婚姻制度
第51章 歌と踊り——音楽のもつ別な効用
第52章 僧——社会におけるあまりにも一般的な存在
第53章 自然観——仏教とその自然に対する意識
8 環境と資源
第54章 天然資源——豊かな自然エネルギー資源
第55章 自然災害——地球温暖化がブータンに与えた影響
第56章 地質——ヒマラヤに見る海の痕跡
第57章 森林保全——保全政策から社会林業、伝統的な森林利用まで
第58章 生物多様性——森は大きな台所
第59章 代替エネルギー——再生可能なエネルギーに対する取り組み
第60章 自然保護地域——国家政策としての自然保護、開発との両立は可能か?
ブータンを知るためのブックガイド
前書きなど
はじめに 時代の流れと共に古き習慣は廃れ、西洋的な価値観が横行する途上国が多いなか、ブータンは辛うじて、その自然環境ならびに伝統文化を保っている。それは政策によるところも大きいのだが、多くのブータン人がこよなく自然を愛し、自然と共に育ったことに起因している。また、立ち振る舞いが優雅であることを誉れとしていたブータンの豊かな精神文化は、人の豊かさの定義は物質面での豊かさだけでないことを教えてくれる。 多くの日本人は、ブータンのなかにノスタルジーを見いだしている。それは日本人と顔つきやしぐさが似ているだけでなく、安心感のようなものが国全体から感じられるからであろう。このなんともいえない安心感こそが、ブータン発の思想であるGNH思想(第7章参照)の原点であると筆者は考えている。 いまでも多くのメディアに、その伝統文化と共に「桃源郷」として取り上げられることの多いブータン。しかし、昨今の世界の時代の流れは、ブータンがヒマラヤの桃源郷でいられなくなることを余儀なくしている。そんな過渡期のブータンで、数年間、生活者として滞在した視点で本書は書かれている。政策として文化保護、自然保護を前面に出しながら、国中に流れ込む他国の文化や習慣、物資によって、現在のブータンはその生活環境だけでなく、人びとの時間感覚や価値観までもが大きく変わりつつある。そんな時代の流れに巻き込まれているブータンの一面を紹介したつもりである。 本書はなるべく一般の人が平易に読みこなせることを想定して執筆した。いわゆる学術書の内容やレベルを保ちつつ、いかに平易な文体で、わかりやすく書くかにもっとも多くの時間を費やした。 これまで、わが国のブータン研究者は、他国と比べると非常に少なかった。それはこの国が以前、鎖国をしていて入国しにくかったこと、また、いまだに多くのデータの収集がしにくいこと、ならびに古い文献があまりないことが理由であろう。しかし近年、官公庁や外国のコンサルタントの調査を中心に多くのデータが揃いつつあり、ブータン研究を志す人も増えてきている。また、ブータンの歴史や言語、文化など諸々の分野においては、筆者より遥かに知見に優れた先達が多いため、より詳しく個々の分野を知りたい方は、巻末の「ブータンを知るためのブックガイド」を参照してほしい。 ここで筆者の紹介をすると、筆者は一九九三年七月から一九九五年七月までの二年間を青年海外協力隊員としてブータンのプナカで過ごした。具体的には、プナカにあるプナカ・ゾンの改築工事に現地に駐在しながらかかわった。当時の生活状況は、テレビもなく電話も地方では一般的ではなかった。まさに田舎の農村の生活そのものだったので、ある意味伝統的な西ブータンの生活を満喫できたと言えよう。日本ではサラリーマンとして常に時間に追われる生活をしてきたので、そのあまりにも日本と違う緩やかなブータンの時間の流れの前に、徐々に心がほぐれていくのが自覚できるくらい素晴らしい時間を過ごせた。あくせくせずに生活を楽しむすべを、このときブータンから学んだ気がする。 そして二〇〇二年七月から二〇〇四年七月までの二年間、約七年ぶりに再びブータンの地を踏んだ。こんどは青年海外協力隊シニア隊員として、学校を設計するために首都ティンプに赴任した。この数年間の移り変わりは目覚しく、その社会制度の複雑化と共に、人びとの考え方が移り変わっていくさまをありありと感じた。そのことが、本書を執筆するきっかけともなった。 日本で暮らしていると、他国で起こりつつある出来事に実感がともなわないことが多い。メディアは頻繁に海外のニュースを伝えるが、どうしても他人事に感じられてしまいがちである。そんななかブータン人も現在同じ地球上で、私たち日本人と同じ時間を生きている他国の友人なのだとの認識を、本書を通じて感じ取っていただければ幸いである。(後略)