目次
第1章 地方は面白い、その醍醐味を知る
地方との出会い16/グローバル化と地域17/人口規模とやりがい19/連携の醍醐味22/商店街の活性化23/
辺境の魅力24
第2章 座標軸の中心を地方に置く
画一的な発想28/車の走行速度制限30/北海道の経験―北方圏構想32/スコットランドと沖縄36
第3章 地方からの主張
地方とは40/地方は弱者か41/地方から見た日本の経済構造42/地方の投資効果も大都市圏に45/東京都の産業構造から46/地方の視点に立つ政策の衰退47/人と空間49
第4章 自らの地域を知る力、分析力を身につける
己を知ることの大切さ、難しさ52/釧路での経験53/考える力の衰退56/地域統計の意味、地域調査の情報共有化59/少ない市町村データ61/経済効果調査の意味、活用62/産業連関分析の重要性64
第5章 少子・高齢化に向き合うために
人口は長期的に最も予測可能な指標68/人口増の全体成長を前提にした社会システムからの転換69/地方の課題、人口減少の格差への対応72
第6章 地域の経済成長力を高める ―循環力の強化
成長戦略について78/地域独自の経済活性化方策を79/地域の成長力とは81/地域の成長力を高めていく三つの視点82/域内循環を高める意味85/地域のニーズを競争力ある産業に89/もう一つの産業政策91
第7章 連携と連帯 ―ヨコ社会の形成
地域の連携力94/官僚制と地域95/『場づくり』の行政を96/ヨコ社会の形成98/ヨコ社会による産業再生99/京都、試作産業の挑戦100/信頼のルール102/空間のつながり―土地利用のあり方104/ハーディンとオストロム108
第8章 雇用創出に向けて
地域の活性化と雇用112/雇用創出力のある地域産業―医療、福祉サービス産業の事例114/医療、福祉サービス産業の特性115/地域主体の雇用政策を118/横断的な雇用政策を120/働く場をつくりだす―生活保護受給者の自立政策の経験から121
第9章 戦略産業としての観光
地方の重要な戦略産業126/集客から消費への発想の転換127/観光の消費経済効果129/観光は幅広い複合産業130/域内調達、域内循環の重要性133/移輸出産業としての観光の役割134/観光産業の客観的位置付け135/観光による地域の持続可能な発展に向けて137
第10章 地域からのエネルギー政策
エネルギー政策と地域142/地域政策としての挑戦143/再生可能エネルギー固定価格買取制度の意義146/固定価格買取制度をめぐる動き147/エネルギーの地産地消効果148/地域産業との連携による相乗効果を151/地域政策財源としての再生可能エネルギー事業152/社会インフラとしてのエネルギー基盤整備153
第11章 公共事業の意義、建設業の役割
公共事業とは156/公共投資政策の役割157/戦後日本の公共投資政策158/日米構造協議による公共投資の急激な拡大161/地方自治体による公共投資の拡大162/バブル崩壊の不況対策を公共投資で165/安定的な公共投資政策に向けて166/公共事業を支える建設業の役割168/建設業は地域産業170
第12章 地方自治体の役割 ―地域の羅針盤
地方自治体とは何か174/地域の羅針盤175/住民との関係177/PI成功のポイント179/地域経営の視点181/地方分権について186
第13章 企業の力を活かす
お上頼みの風潮190/市場の役割か政府の役割か191/高まる企業の力193/CSRの意義194/リーマンショックの経験から195/地域における企業の取り組み197/ソーシャル・ビジネスとCSR198/地域から提案していく力201
第14章 生命体としての地域
生命体としての地域206/地域の広がり207/流域圏の提案209/環境政策と地域211/エコロジーとエコノミー213/
①地球温暖化と地域の経済活性化214/②環境と観光216/交通政策219/地域の金融政策221
第15章 次世代につなぐ国づくり ―地方の役割
東日本大震災と地方の役割226/国土政策、地域開発政策の意義226/国土政策の衰退―地域間格差の拡大228/平時の論理、非常時の論理230/一極集中構造の脆弱性232/北海道の経験から234/国土創生のデザイン236/北海道からの発信―バックアップ拠点構想の提案237/新たな産業立地の動き、リスク分散立地238/次世代につなぐ地域づくり240
前書きなど
はじめに
わたしの関心は地方です。地方は、大都市地域に比べて経済的な面ではハンデがあります。市場メカニズムのもとでは、ヒトやモノ、カネが大都市に集積します。そこでは集積の効率性から、さらに集積を呼ぶというメカニズムで、大都市と地方の経済的な格差は拡大していく構造にあります。さらに物理的な距離の遠さがあることから、その経済的ハンデは一層大きくなります。さらに、地方は人口に比べて、空間、いわゆる面積の割合が高い地域です。少ない人で多くの国土、空間を支えていくという責任と役割があります。豊かで健全な国づくりのためには、大都市圏と地方圏がバランスよく発展していくことが大切です。そのためにはハンデある地方に対して国による一定の政策支援は不可欠であり、地方はその支援を有効に活かしながら、責任を持って安定した地域づくりを目指していくという、相互の責任と信頼に支えられた関係を持続していくことが重要です。そのために必要な国の政策、地方の政策とは何か。そこにわたしの関心があります。
現在、公共投資を中心に地方への財政支援が削減されてきたことから、地域間の所得格差は、二十一世紀に入って再び拡大してきています。人々に対する福祉政策として、社会保障のあり方とその財源方策に関心が寄せられていますが、財政の基本的な機能である所得の再分配機能は、社会保障政策における弱者に対する不平等の是正だけでなく、ハンデある地域への支出という、地域間の不平等の是正も含むものであり、そのような視点での議論が少ないことが気になります。
そこで大切なことは、地方はただ国の支援に甘えるのではなく、自分たちの地域の良さや魅力を活かしながら成長、発展していく戦略、ビジョンを主体的につくり上げ、そのために必要な支援をしっかり要求していくことです。
現在、中央がすべてを決めるという仕組みを見直していこうという機運、国がすべて一律のルール、一律の考え方で政策を進めていくのは、やはり限界があるという認識は出てきているように見えます。しかし、いっせいに同じルールで、同じ考え方でやっていくほうが効率的であるという成功経験、実績に支えられた思考も根強いものがあります。九〇年代以降、地方分権や地域主権という政策が進められ、地方からの権限移譲の要求に対して、構造改革特区、道州制特区などの地方の声を吸い上げる政策が進められてきましたが、結果を見ると、国が主導する権限に支障を与えない範囲での、中央からの分権でしかなかったように思います。
その地域に住む住民が責任を持って政策を決めるという「地域主権」という言葉は美しいのですが、その実現は簡単なものではありません。これまでも幾度となく地方分権改革は進められてきましたが、地方がのろしをあげるという図式ではありませんでした。また、そこに限界があったともいえます。地方への権限移譲は、与えられる形ではなく、真に必要なものを奪い取る熾烈なプロセスを伴うことで生きたものとなります。そこでは権限を活かす知恵と、その知恵を育む土壌づくりが重要です。主体的に地域の課題を洗い出し、独自の政策を提起していく、地域の「考える力」がしっかり醸成されなければなりません。
しかし、地域の政策能力を高めていくことは一朝一夕では難しいものです。小手先のノウハウの習得ではなく、幅広い地域情報の収集と、それを深く分析して課題を抽出し、科学的分析によりその解決に向けての方策を探っていかなければなりません。それには、質の高い地域データの蓄積と地域の知的資源を活かした政策形成システムの構築が不可欠です。これは地域発展のためのソフト面でのインフラ整備ともいえるものでしょう。
地方にそのような基盤が整い、さまざまな地域から創造的な政策提案や取り組みが出てくれば、閉塞状況にある硬直したいまの社会システムに新しい元気と活力を与え、日本の国を力強くさせることになるのではないかという思いが本書執筆の契機です。さらに、北海道だけではなく、日本の地方で活動する人たち、行政だけではなく、民間企業、市民活動に関わっている人など、地方の活性化に関心のある人たちに地方で生き抜くこと、活動していくことの面白さ、醍醐味、大切さ、そういうものを伝えていきたいという思いがあります。
わたしは、もともと行政の仕事をしていましたが、十四年前に大学の世界に転じて、地方都市の大学で地域の課題に向き合いながら研究活動を長く続けてきました。長い間、地方の方たちと関わってきて、地方の悩ましい課題に向き合いながら、自治体の方や民間人、まちづくりの担い手や市民団体の方など、そういう方々といろいろと議論し、一緒に活動する機会がありました。地方の活性化に向けて本当に大切なことは、市民一人ひとりがやる気を持ち、意欲を持って取り組んでいくという意識をしっかり醸成できるかどうか、ということに尽きるように感じています。
しかし、やる気、モチベーションの醸成というのは大変難しいテーマです、人をその気にさせて実行に結びつけるのは大変難しいことです。熱い思いを持った説得は大事ですが、ただ、頑張れと言うだけではダメで、大切なことは、説得力のある情報で説明し、共感を得ることができるかどうかということです。わたしの経験では、科学的に分析された情報やデータで将来に向かってのしっかりとした道筋、目標というものをみんなが納得できる形で、説得力ある形で示していくことが重要だと感じています。まさに「クールヘッド・ウォームハート」という言葉のとおり、冷静に地域のことを分析して理解し、熱い志で実践していくことが大事なことです。
わたしは専門の研究分野は何ですかと聞かれると、「地域開発政策」と答えます。地方が元気に活性化していく政策のあり方がわたしの研究テーマですが、「開発」という言葉を使っていると、よく「古いね」とか「時代遅れ」と言われることもあります。ただ、わたしは敢えてこだわりを持って使っています。確かに日本では、「開発」という言葉は環境を破壊するイメージが伴うことから、次第に「発展」とか「振興」という言葉に置き換えられるようになりました。しかし、英語の〝development”という言葉は、世界中で途上国や先進国を問わず、地域が成長、発展していくための大切な概念として広く使われている言葉であり、〝development”の訳としては、やはり開発という言葉がふさわしいと感じています。
一九九二年のリオデジャネイロで開催された地球サミットを契機に、それまで開発と環境とを対立概念としてとらえてきた政策議論が、「持続可能な開発」(sustainable development)という言葉によって、同じ土俵、場で議論を進めていくことができる状況になったことは、大きな前進です。途上国や市場経済への移行国で支援活動をする機会がありますが、そこでは日々の生活の糧と雇用を生み出すために必死で、「開発」のあり方に向けた住民の真剣な議論に接すると、言葉だけを発展や振興に置き換えて環境と向き合う議論を安易に避けるよりも、開発の意義を深く、真剣に探っていくことの方が大事だと感じます。
本書は、わたし自身の北海道での研究活動の経験を紹介しながら、そこで感じた地方の活性化に向けて重要だと思われる方向と方策を、わたしなりに十五章にまとめたものです。大学の研究活動によって地方が抱える課題を解決していくというのは至難の技で、もちろん満足できる結果を得ることは少なく、挫折と失敗の繰り返しでしたが、その経験から学ぶことは少なからずありました。特に地方の可能性を感じる機会は多く、地方がその可能性を発現していくことが、日本の国が将来に向けて力強く進んでいくために必要だという思いから敢えて提起したものです。
もちろんここでは書き切れないことも多くあり、全国のさまざまな地方で地元地域の活性化に向けて活動しておられる皆さんから見れば不十分な内容であることは承知のうえですが、北海道からのささやかな提案と受けとめていただき、是非本書に対する批判や質問、ご意見を寄せていただきたいと思います。本書が契機となって、一歩でも地方が輝くための議論や取り組みが進展していくことを心より願っております。