紹介
医療の世界には技術、法、倫理の制約がある。しかし、それら外からの規範とは別に、看護師や家族、患者の間には、個々の状況に応じた自発的な実践のプラットフォームがうまれ、病のなか、苦しみのなかで、かすかな創造性を獲得する。それは自由と楽しさの別名でもある。重度の精神病、ALS、人工中絶など存在の極限に向き合う看護師の語りの分析が、哲学に新たなステージを切り拓く。
「生まれてきてそして亡くなるという表現を野崎さんは何度も繰り返した。つまり死産の子どもにおいても「生」を確保することこそが重要になるのだ。実際には生きたことがないが野崎さんにとって仮想的に「生まれてきたぞ、そして亡くなったぞ」とみなされた赤ちゃんの「短い一生」の長さとはどのくらいのものであろうか。これはどのような持続なのだろうか。哲学のなかにこのような時間を語る言葉があるのだろうか。」(第八章より)
目次
序論 実践のプラットフォームについて
第一部 ローカルでオルタナティブなプラットフォーム
――規範や制限からの自由をつくる
第一章 社会通念から外れたところで実践のプラットフォームを作る
――助産師辰野さん
1 状況の焦点をとらえそこねる医療
2 状況の焦点をとらえそこねる教育
3 状況の焦点をとらえることで主体化する
4 〈ローカルでオルタナティブな行為のプラットフォーム〉と〈必然的であるが創造的な行為〉
第二章 精神科病院の見える壁と見えない壁
1 建物としての精神科病院
2 見えない壁
第三章 メガネをかけてごはんを食べる自由
――自由をつくるためのプラットフォーム(精神科病院の保護室)
1 あわただしく静かな病棟
2 制限を減らす
第Ⅱ部 プラットフォームの作り方と対人関係
第四章 患者さんが慕ってくださる
――重度の統合失調症患者との共同体としての病院
1 患者さんが「慕ってくださる」
2 新たな共同性の作り方
3 「継続的なシステム」
第五章 仙人と妄想デートする
――地域における重度の統合失調症患者のホールディング
1 ACTについて
2 病棟の「患者」とACTの「利用者」の対比
3 孤独から出会いへ
4 「存在を肯定する」――チームでホールディングを作る
5 行為する、そして変化する
6 「人を引きつける」力としての統合失調症――反転された精神病理学
第六章 衰弱した患者とのコンタクト
――植物状態の患者とALS患者のケア
1 植物状態の場合
2 体の衰弱とコミュニケーション――ALSから考える
3 ゆっくりした対話
第Ⅲ部 看取りと享楽のプラットフォーム――看護実践における楽しむことの問い
第七章 娘が作ったエビフライを食べて死ぬ
――死と行為の共同性
1 手で看る看護
2 治療のない状態で看護する
3 在宅での支援のネットワーク作り
4 支援のネットワークのなかの訪問看護師の位置
5 看取りと享楽
第八章 死産の子どもとつながる助産師
1 人工妊娠中絶をめぐる疎外的な現実とコンタクトの失敗
2 嘔吐
3 私をばらばらにする他者
4 声をかけられない他者
5 声をかけうる存在としての他者
6 「生まれてきたぞ、そして亡くなったぞ」――想像上の過去について
第九章 現象とはリアリティのことである
――現象学的なナラティブ研究の方法論
1 現象とはなにか?
2 現象とはリアリティのことである
3 現象は事象の布置から浮かび上がる
4 個別性と真理――現象学的な質的研究は普遍ではなく真理を語る
5 なぜ現象学者がフィールドワークするのか
6 一人称の現象学と質的研究としての現象学
7 なぜインタビューの言葉をそのまま使うのか
8 看護師による看護研究と哲学研究としての看護研究
9 現象学のなかでの方法の多様性