紹介
子どもという存在を読み解く哲学
1949年秋、ソルボンヌ大学に着任したメルロ=ポンティは、発達心理学の知見を批判的に取り込み、子どもの現象学ともいうべき講義を開始した。ピアジェ、ワロン、リュケ、クライン、ラカンなど関連分野を広範に渉猟したその講義は、子どもという存在を哲学史上初めて主題としたきわめて貴重な試みであると同時に、人間科学をより豊かにする可能性を秘めたものであった。メルロ=ポンティの後期思想にも繋がる重要講義を仔細に読み解く。
「彼の議論は、教育現場にせよ家庭内にせよ、大人が、子どもにおける大人の萌芽(「先取り」)の不意の現出に深く注意を向けると同時に、みずからのなかに伏在する幼児性を意識することも強く要請しているのである。いまから六〇年以上も前の三年間ほどの『講義』に何らかの意義と価値があるとするなら、それはまさに以上の点にあるのではないだろうか。」(本書より)
目次
序論
1 メルロ=ポンティの『ソルボンヌ講義録』
1‐1 ソルボンヌのメルロ=ポンティ
1‐2 『ソルボンヌ講義録』の成立
1‐3『講義』の内容
1‐4 『講義』にいたる課題
2 本書のテーマ
2‐1 メルロ=ポンティと発達心理学
2‐2 情動性の現象学
2‐3 子どもをめぐる学説
3 テクストの選択と本書の構成
3‐1 「他者経験」講義の問題点
3‐2 テクストの選定
3‐4 本書の流れ
3‐5 読書の手引き
第一部 子どもの身体と知覚
第一章 自己中心性から中心幻想へ――メルロ=ポンティのピアジェへのアプローチ
1 子どもの自己中心性
1‐1 子どもの思考
1‐2 自己中心性――アニミズムと魔術
1‐3 自己中心性のなかの自我構造
1‐4 脱中心化――物質から言語へ
2 自己中心性に対する評価――『行動の構造』と『講義』
2‐1 特権的な場――『行動の構造』
2‐2 現象的身体の生成――『講義』
2‐3 生きられた脱中心化
3 身体、あるいは潜在的な中心性
3‐1 運動の極としての身体
3‐2 身体の中心性とその証明――症例シュナイダー
3‐3 自己中心性から身体の中心化へ
3‐4 中心の潜在性
4 脱中心化から中心幻想へ――後期思想における自己中心性
4‐1 再起感覚のなかのナルシシズム
4‐2 中心幻想――ナルシシズムの第二の意味
第二章 子どもの知覚――超‐事物・同時性・遍在性
1 『子どもの思考の起源』
1‐1 巧妙さ
1‐2 思考の遍在性と意味の重層性
2 『講義』における超‐事物
2‐1 超‐事物の前客観性
2‐2 客観的な世界から前客観的な領野へ
2‐3 ホヮンのピアジェ批判
3 後期思想における超‐事物の展開
3‐1 ワロンとの決別
3‐2 シモン講義における超‐事物
第一部まとめ
第二部 子どもの表現と対人関係
第一章 子どもの表現――メルロ=ポンティの児童絵画へのアプローチ
1 メルロ=ポンティの遠近法批判
1‐1 自然的遠近法と人為的遠近法
1‐2 遠近法への批判
2 リュケの児童絵画論
2‐1 擬展開図法
2‐2 リュケの発達理論:継時混淆型から象徴型へ
3 『講義』における児童絵画へのアプローチ
3‐1 対象と記号
3‐2 情動的な接触
4 後期思想における遠近法批判
4‐1 子どもの絵と現代絵画
4‐2 色の相互触発――『眼と精神』
4‐3 クロード・シモン――入れ子構造
補論 児童精神疾患とデッサン
第二章 子どもの対人関係――情動性と発達の現象学
1 ワロンの鏡像理論
2 鏡像理論における情動性
2‐1 情動的経験としての鏡像理解
2‐2 見える私の生成
2‐3 疎外と籠絡
3 転嫁における対人関係
3‐1 転嫁と情動性
3‐2 主従関係
3‐3 転嫁から成長へ
3‐4 成長、あるいは不在の到来
補論 癒合的社会性の位相について――ダニエル・ラガーシュの幻覚理論
1 ラガーシュ「語詞幻覚と発話」
2 発話の場
3 『講義』における癒合的社会性の位相
第二部まとめ
第三部 児童精神分析との対話
第一章 性とエディプス・コンプレックスへの批判
1 『知覚の現象学』における性理論へのアプローチ
1‐1 性理論の批判
1‐2 雰囲気としての性
1‐3 性理論批判の意味
2 エディプス・コンプレックスに対する批判
2‐1 エディプス・コンプレックス
2‐2 『講義』におけるエディプス・コンプレックス――人類学的視点の導入
2‐3 コンプレックスと前望的な態度――ラカン『家族複合』の導入
2‐4 去勢不安から新たな身体構成へ
第二章 ナルシシズムの再検討――「幼児の対人関係」講義の周辺から
1 メルロ=ポンティと病理の現象学
2 自己愛から献身愛へ――対人関係論としての精神分析
3 自他、あるいは破壊の関係
3‐1 破綻をつうじた関係
3‐2 二次的ナルシシズムの優位
4 人間的ドラマ――政治的な場面でのリビドーの展開
5 共犯性の現象学――「幼児の対人関係」講義以後
5‐1 自己変形としての人間
5‐2 敵対関係から共犯関係へ
6 ナルシシズムの位相
第三章 攻撃性の現象学――クラインを読むメルロ=ポンティ
1 クラインの発想と分析――症例リタ
1‐1 遊びと早期エディプス
1‐2 不安と攻撃
2 攻撃性の現象学
2‐1 リビドー理論の再検討
2‐2 全能感と無能感のあいだで
2‐3 妄想分裂ポジションの優位
2‐4 大人の生活における攻撃性の残存――メルロ=ポンティの「君主論」
3 取り入れと投影
3‐1 クラインにおける取り入れと投影
3‐2 症例リタ――取り入れと投影の循環関係
3‐3 メルロ=ポンティにおける取り入れと投影――現象的身体としての身体器官
3‐4 大人の世界における「取り入れ」と「投影」の残存――身体図式のダイナミズム
3‐5 ダイナミックな図式化
3‐6 大人の先取り
第三部まとめ
結論
幼年期の現象学
大人の先取り
大人のなかの子ども/子どものなかの大人
発達心理学へのアプローチ
子どもの現象学
幼年期の誕生と消失のあいだで
あとがき
付録資料 ソルボンヌ講義の開講日時
参照文献と略号
索引