紹介
京極派和歌を中心に、その魅力を存分に味う一冊。
『古今和歌集』『新古今和歌集』からはじまり、近代和歌まで、
和歌の魅力に触れつつ、多角的な側面から研究を行った、
和歌研究者・愛好者必読の一冊がついに刊行。
昭和57年から平成26年に至る33年間に発表した、既刊研究書に未収録の、文章表現への探究が生んだ論文を集成。
【『京極派歌人の研究』(昭49)『京極派和歌の研究』(昭62)以降に発表致しました、和歌関係諸論、ならびに関係雑文をまとめてみました。中で飛びぬけて古い、「大宮院権中納言」(昭57)は、発表当時、「権中納言は為子である」という樋口芳麻呂先生の御論(「風葉和歌集序文考(上)」国語と国文学昭40・1)を、知っていたのについ失念して書き落し、当の樋口先生から御注意を受けて何とも申しわけなく、顔から火の出るほどはずかしくて、以後の著書に収録できずにおりましたもの。今回ようやく訂正収載致しました。また「嘉元元年伏見院三十首歌」は、平成二年『鶴見大学紀要』27に一旦発表致しましたがその後の新資料発見めざましく、その成果が別府節子『和歌と仮名のかたち』(平26)に詳しく公表されましたので、それにもとづいて新たに書きおろしました。その他の諸論につきましても、発表の際の誤り、以後公刊の資料の提示等により、若干の改訂を行いました事をお許し下さい。
『文机談』研究の余得として、雅楽・歌謡研究の方々とも御懇意になりました結果、その関係の小論二編が生れました。今後この方面に発展できるとは到底思われず、さりとて埋れさせるにも忍びませんので、附載致しました。書名に『附、雅楽小論』とうたうにはまことにおはずかしいのですが、お笑いすて下さい。……「はじめに」より】
目次
はじめに
凡例
【和歌研究 附、雅楽小論】
『古今集』『新古今集』の魅力―文学の神の指先
「春かけて」考―中世同種表現詠の解釈に及ぶ
はじめに/一 注釈史考/二 初期詠の様相/三 勅撰集の様相―「時+かけて」の分布/四 「時+かけて」の様相/おわりに
「しほる」考
一 小西甚一説要旨/二 二十一代集用例の検討/三 「撓・萎」「存疑」/四 「霑」/五 「ぬらし、把持する」/六 「絞」か「霑」か/七 「絞る」の見直し/おわりに
歌言葉「かげ」の歴史―古今集から玉葉風雅へ
一 勅撰集の「かげ」/二 京極派新歌風/三 『玉葉』『風雅』の「かげ」/四 むすび
俊成的世界の珠玉
『玉葉集』の定家―勅撰全入集歌を見渡して
一 勅撰入集定家詠概観/二 詠歌契機別考察/三 年代順整理/四 『新後撰集』における定家/五 結語
為家の和歌―「住吉社・玉津嶋歌合」から『詠歌一躰』へ
一 沿革/二 成果/三 證歌の活用/四 古歌の吸収/五 『詠歌一躰』における「稽古」/六 為家詠・歌論の見直し
恋のキイワード―為家と阿仏の場合
京極為兼の歌論と実践
一 「木の葉・下葉」論争/二 「あさか山」論議/三 『和歌抄』の成立と特色/四 『玉葉集』における実践/おわりに
大宮院権中納言―若き日の従二位為子
一 その称呼/二 その歌歴と歌風
「伏見院宸筆判詞歌合」新出資料報告と続門葉集瞥見―附、続門葉集作者部類
はじめに/一 勅判切概説/二 右王麿と『続門葉集』/三 左歌作者考/四 前論訂正/おわりに/続門葉集作者部類
嘉元元年伏見院三十首歌(歌人別現存全歌集成)
はじめに/Ⅰ京極派持明院統/Ⅱ二条派大覚寺統/Ⅲ中立派・その他/Ⅳ不明歌人/おわりに
『玉葉集』と『栄花物語』
一 重複状況概観/二 『玉葉集』と他資料との本文対比/三 両作品の共通性/四 文学的交流の意義
音せぬ荻―玉葉集「読人しらず」考
冷泉家時雨亭文庫蔵『歌苑連署事書』翻刻と訳注
「ね」か「おと」か
『桐火桶』をうらやむ
近代と和歌―穂積歌子昭和三年『歌日記』
一 昭和初期一老女の「和歌」/二 二月二十日第一回普通選挙/三 議会・内閣・野党の混迷/四 張作霖爆殺/五 治安維持法改正/六 ノビレ・アムンゼン遭難/七 不戦条約調印/八 即位大嘗祭/九 近代と和歌
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今様「よるひるあけこし」解釈考
はじめに/一 諸家の解釈/二 「あけこし」考/三 私解/四 附言
若き日の妙音院師長―附、略年譜
一 元服まで/二 頼長と師長/三 結婚/四 説話考察
初出一覧
あとがき
和歌索引
研究者名索引
作品名索引
前書きなど
「はじめに」より
『京極派歌人の研究』(昭49)『京極派和歌の研究』(昭62)以降に発表致しました、和歌関係諸論、ならびに関係雑文をまとめてみました。中で飛びぬけて古い、「大宮院権中納言」(昭57)は、発表当時、「権中納言は為子である」という樋口芳麻呂先生の御論(「風葉和歌集序文考(上)」国語と国文学昭40・1)を、知っていたのについ失念して書き落し、当の樋口先生から御注意を受けて何とも申しわけなく、顔から火の出るほどはずかしくて、以後の著書に収録できずにおりましたもの。今回ようやく訂正収載致しました。また「嘉元元年伏見院三十首歌」は、平成二年『鶴見大学紀要』27に一旦発表致しましたがその後の新資料発見めざましく、その成果が別府節子『和歌と仮名のかたち』(平26)に詳しく公表されましたので、それにもとづいて新たに書きおろしました。その他の諸論につきましても、発表の際の誤り、以後公刊の資料の提示等により、若干の改訂を行いました事をお許し下さい。
『文机談』研究の余得として、雅楽・歌謡研究の方々とも御懇意になりました結果、その関係の小論二編が生れました。今後この方面に発展できるとは到底思われず、さりとて埋れさせるにも忍びませんので、附載致しました。書名に『附、雅楽小論』とうたうにはまことにおはずかしいのですが、お笑いすて下さい。
二著をまとめてみて感じた事ですが、研究がますます実証的に、精密になって来る一面で、一見全く何でもない言葉でありながら、或いはあるが故に、注釈史上種々の誤解釈を生じ、そのまま常識的に通用してしまったり、或いは不必要な考察・論戦を巻き起したり、という現象が思いの外に目につきました。本書における「かけて」「しほる」「あけこし」、『セレクション1』における「知らず顔」「かけば」「聞ゆ」等。また一方、九十近いおばあさんになってしまった私の論文の言葉づかいも、解釈必要な「古典」になったと見えて、折々誤植かと指摘されたり、誤引用のもととなったりする事もあると気づきました。論中、間々、不必要かと思えるルビを付しましたのは、そのための、本当の「老婆心」として御海容下さいませ。
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凡例
一、昭和五十七年から平成二十六年に至る三十三年間に発表した論文中、既刊研究書に未収録のものをもって構成した。
一、執筆期間が長期にわたるため、以後の諸家の研究成果により、また全体的な形態の統一をはかって、若干の改訂を行った。
一、その他、偶ま機会を与えられて書いた、研究にかかわる雑文をも収録した。これらは戯文のようでもあるが、私にとっては正規の研究論文を補完すると共に、文学そのものに対する私の考えを知っていただく意味で、論文と同等の価値を持つものである。気楽なインターバルとして読み捨てつゝ、その中に何等かの示唆を感得していただければ、望外の幸いである。
一、論中、各人物の年齢は考察上重要な因子の一と考えるので、目立つよう算用数字で表示した。
一、引用各論の発表年次は、発表時のイメージが端的に思い浮べられるよう、西暦でなく元号で示した。
一、和歌の引用は『新編国歌大観』(角川書店、昭58〜平4)によった。表記は読みやすさを宗として私意によった所が多い。