紹介
うたの森に、ようこそ。
柿本人麻呂から寺山修司、塚本邦雄まで、日本の代表的歌人の秀歌そのものを、堪能できるように編んだ、初めてのアンソロジー、全六〇冊。「コレクション日本歌人選」の、松永貞徳と烏丸光広です。
戦国から江戸時代への激動期、細川幽斎に師事し、それぞれの歌道を歩んだふたりの歌人。
松永貞徳と烏丸光広 まつながていとく・からすまるみつひろ
江戸時代初期、京都の地下人(じげにん)の中にあって、九条稙通(たねみち)や細川幽斎、紹巴などから教えられた、源氏・和歌・連歌など古典学全般の知識を保持し、古典を庶民層に広く普及させるとともに、貞門俳諧の祖として誹諧の興隆に大きな足跡を残した松永貞徳。また烏丸光広は、貞徳とほぼ同時代、堂上貴族の中にあって放逸の人生を謳歌し、貞徳とも付き合いを持って和歌にも一家言を有した異色歌人。貞徳と光広という二人の歌を並べて取り上げ、地下と堂上という二つの流れを通して、近世初期における和歌の多用な動向を見る。
目次
松永貞徳
01 すき間なき槙の板屋にふるあられ音は枕に砕けてぞ散る
02 くれ竹の夜の嵐はしづまりて末葉にあまる雪ぞ音する
03 けふこずは明日はと思ふ頼みさへ絶えて日数をふれる雪かな
04 暗き夜の枕の海も明けゆけば人をみるめの生ひぬものかは
05 行きかよふ月雪の夜のわが心君は知らじな山陰にして
06 斧の柄の朽ち木の杣の花に寝むたとひ七世の孫に逢ふとも
07 みどり子のめざめて後も驚くは夢ともしらぬ夢や見つらん
08 たらちねのそのたらちねを夢にみて恋ひ慕はれし折りぞ恋しき
09 暗きより暗き心の言の葉をあはれとや思ふ山の端の月
10 池水の濁りにしまぬ蓮もや草木の中の仏なるらん
11 亡き魂も来るてふころの露の夜をいづくにかへる葛のうら風
12 おどろかじかねて今年と定まれる命の月の我と知られば
13 頼むぞよ雲井がくれに住むといへば夕立つ雨を世に降らさなん
14 きぬぎぬのころとてさのみ急ぐなよ鳥に空音の例しこそあれ
15 夢路には人目の関も据えなくてあはで心のなど帰るらん
16 細く見し光ぞ変はる長月の十日あまりの三日の夜の空
17 きみが代に志賀の浜松植ゑにけりこれや千歳のはじめなるらん
18 志賀の浦や寄せて凍れるさざ波も立帰るべき春や待つらし
19 治まれる代の言の葉は住吉の浜松が枝の手向け草かな
20 何をして人の心は述べてまし歌の席のなき世なりせば
烏丸光広
01 誰もさぞうれしかるらむ君が代の恵みに逢へる天が下人
02 関の名の霞もつらしかへりみるきのふの空もけふはへだてて
03 開けて見ぬ甲斐もありけり玉手箱再び返す浦島の波
04 夕露もむすぶばかりに夏草の野島の波ぞかけて涼しき
05 あまざかる鄙もへだてじ暮れて行く年は都に惜しむ心も
06 よしさらば知るも厭はじ我が思ふ人に心をつげの小枕
07 けふはまづ星に手向けて灯もややかかげみん文月の空
08 唐土になにか及ばむ日の本と思へば富士の山も有りけり
09 富士の嶺をみるみる行けば時知らぬ雪にぞ花の春を忘るる
10 ひえの山二十ばかりは重ぬとも都の秋に雪や見ざらむ
11 年経ても忘れぬ山の面影をさらに忘れて向かふ富士かな
12 名残りまでしたふ翅は雲にきえ霞にきえて帰るかりがね
13 さく花の面影みせて春風もにほふばかりの峰の白雲
14 まれにみばあらぬ所とたどるまで茂りそひたる庭の夏草
15 河風の音も流れてゆく水の底までこほる秋の夜の月
16 朝まだき神の御前の榊葉のなびくと見しや雪の白木綿
17 言問ひし昔覚えてもしほ草かく袖ぬらす和歌の浦波
18 夜の鶴のあとや思ふと我も又音になく和歌の浦千鳥かな
19 仰ぎみる君が恵みは新治の筑波の山の道はある世に
20 祈るより水せきとめよ天河これも三島の神のめぐみに
21 ひとつ二つひろはぬ玉もまじるらむ我がおろかなる袖のせばさに
22 かけて君鄙と思ふなこのたびは帰る都も旅ごゝちせん
23 天が下常磐の陰になびかせて君が千代ませ宿のくれ竹
24 最上川はやひきかへて稲舟の下ればのぼるときもあらなむ
25 うつらばと花にむくとり、あをしとと、ほあかになりて酒をすすめん
26 怠らず学びの窓に向かはなむ雪を集めて布袋にもする
27 それをだに田に掘り残せ敷島の道しある世の跡かたにせん
28 何事もうけたまはれと使には鱸の二郎まいらせにけり
29 和歌の浦や君が光は照らさなむ玉に交はる藻屑なりとも
30 このたびの生死の安堵する人に問へかし人も問ひて何せん
歌人略伝
略年譜
解説「松永貞徳、古典学の継承と大衆化」(高梨素子)
「烏丸光広、人間的な魅力をもつ近世公家歌人」(高梨素子)
読書案内
【付録エッセイ】松永貞徳(宗政五十緒)/烏丸光浩(駒敏郎)