紹介
本書では、夏目漱石の原稿を素材とし、その観察、分析を通して
明治期の日本語のあり方を窺うことを目的としている。
例えば「馬尻(バケツ)」は、
「漱石の用いるあて字のうち、最も有名なものの一つ」と
いわれることがあるが、それは正しいみかたなのか。
本書においては、こうした問いにどのように答えればよいのかという、
その「手続き」を示すことを重視している。
明治期の日本語は、現代の私たちがそれを読んだ時に、
書かれていることが理解しやすく感じるために「わかっている」と思い込みやすい。
こうした思い込みから離れて、「明治期の日本語」に近づき、
それを玩味するためにはどのような方法があるのか。
本書ではこれを提示したい。
目次
■序章 近くて遠い明治
1 はじめに
●術語集 テキスト(text)
2 言語の身体性
3 現代から見た明治期--『英和字彙』を例として
4 本書を概観する
●術語集 言語の線条性
●コラム1 明治初期の活字①島霞谷の活字
●コラム2 明治初期の活字②さまざまな印刷物
■第一章 消された漱石
1 「フタエマブチ」は「フタエマブタ」か
●術語集 連合関係
2 「マブタ」「マブチ」に関わる語群
3 単純語の概観
4 現代日本語を対照して考える
5 複合語の分布から考える
●術語集 辞書体資料と非辞書体資料
6 明治期の「マブタ」「マブチ」を考える
1.明治期の辞書体資料
2.江戸期の辞書体資料
3.明治期の玉篇類
●術語集 漢字列
7 漱石作品における「_マブタ」「_マブチ」
8 おわりに
■第二章 印刷が消した漱石
1 「嶌田」は「島田」か
2 印刷されて形を変える原稿
3 漱石の漢字字形/字体
1.「全集」の字形/字体
2.『道草』の原稿にみられる「非康煕字典体」
●コラム3 明治〜大正期のかなづかい観
3.「旧漢字」「新漢字」、「正字」「新字」は何をさすか
4.「非康煕字典体」
5.明治期を代表するテキスト『輿地誌略』から探る
6.『運歩色葉集』から探る
4 漱石の漢字の用字...漱石は「奇態」だったのか
1.東京朝日新聞の誤認/誤植
2.外来語・外国語固有名詞の書き方
●術語集 日本的漢字使用
3.単字を単位とした漢字の通用
4.複数使用されていた漢字列
5.「成蹟」を考える...造語成分としての漢語
●コラム4 一字漢語
6.和語「シャベル」をどう書くか
7.文字に関わる混淆(contamination)
●コラム5 アログラフ(allograph=異筆)
8.反義に基づく通用
9.共通訓
10.字順
5 語形から考える
1.長音(短呼形/長呼形)...「トイス/トーイス(籐椅子)」など
2.母音交代形...「アスブ/アソブ(遊)」など
3.促音をめぐって
4.さまざまな語形...「シッタツ/シュッタツ(出立)」など
●コラム6 少年文学
5.動詞の語形...「コマヌグ(拱)」「ツブヤグ(呟)」「カグ(欠)」など
6.イとヒとの交替...「イトシホ(一層)」「イトコト(一言)」など
7.撥音をめぐって
6 「漱石文法」
7 明治期のテキストからみた漱石の原稿
1.「馬尻(バケツ)」は特異な表記か
2.漱石は「小供」と「子供」とを書き分けていたのか
3.「何とか蚊とか」の「絵画的効果」?
4.「西洋料理」と「西洋料理屋」
8 おわりに
■第三章 漱石が消した漱石
1 はじめに
2「骨稽」は単純な誤記か
●コラム7 漱石のパン(pun)
3 虚子の訂正と漱石の訂正
4 「順良」はどこからきたか
5 仮名書きから漢字書きへの変更
●コラム8 『漢語注解』という漢語辞書
6「ナマグサイ」にあてられた漢字列
7 漢語にあてられた漢字列
●コラム9 『[和漢/雅俗]いろは辞書』の俗
8「同訓異義」「同訓異字」という捉え方
●コラム10 三冊の「便覧」
9 連合関係
1.「ショシ(書肆)」と「ホンヤ」
2.「シタク(支度)」と「ジュンビ(準備)」
3.「アリサマ(有様)」と「ヨウス(様子)」
4.さまざまな連合関係
10 外来語の定着度
11 おわりに
■終章 『それから』百年
1 明治四十二年六月二十七日のテキストからわかること
2「手続き」がなぜ必要か
3 二〇〇七年六月三日 漱石の「相対化」が行なわれていない
4 表記に関する「オリジナリティ」「プライオリティ」
5 言語の身体性_聴覚から視覚へ
6 身体性からみた「手書き」
7 おわりに
あとがき
使用テキスト一覧及び使用図版一覧
要語索引 年代順辞書体資料/非辞書体資料一覧