紹介
容姿・才能を並び称される大将と中将は、高貴な一品宮に共に思いを寄せている。大将(関白)は一品宮を妻としたが、中将は密かな「いはでしのぶ」恋心に悩み続け、のちに、一品宮の、姫宮を妻とする。大将は運命のいたずらで一品宮と引き離され没する。
次世代へと物語は移り、関白の子、厭世的な性格の大将は様々な運命に翻弄され、やがて出家を志し、吉野山に赴く。
本文全文が残るのは巻一巻二のみであるが、ほかに詠歌の場面を中心とした抜書本八巻が伝わることにより、その概要が知られる。
多数の登場人物と、長期にわたる錯綜した筋書きと、詩情溢れる文体を持つ大作。
『いはでしのぶ』は、八巻から成る物語と推定される。しかし全体としての一貫した底本は存在せず、複雑な様相を持つ現況を勘案し、各本を取り合わせて底本を定めた。
・巻一は京都大学文学部蔵甲本を底本とし、京都大学文学部蔵乙本と、抜書本である三条西家本をもって校訂した。
・巻二は宮内庁書陵部蔵本を底本とし、京大甲本と三条西家本をもって校訂した。
・巻三から巻八までは三条西家本を底本としたが、巻四については冷泉家時雨亭文庫蔵本も用いた。冷泉本は、巻四の前半の断簡と、後半のひと続きの部分からなる。
中世王朝物語全集、第16回配本。
源氏物語以後、院政期から鎌倉時代にかけて生み出され、今に伝わる王朝物語全集。
原文・現代語訳2段組構成。
【編集委員】市古貞次・稲賀敬二・今井源衛・大槻修・鈴木一雄・樋口芳麻呂・三角洋一
目次
本文・現代語訳・注・梗概・年立・登場人物系図・校訂一覧・解題
「栞」
「「いはでしのぶ」の世界覗き見」後藤祥子
前書きなど
刊行に際して
院政期から鎌倉時代の間に成った王朝物語は、『松浦宮物語』『石清水物語』『有明の別』その他、現存作品だけでも二十八部の多きに達するにかかわらず、最近まで一様に「擬古物語」という称を与えられて、ひたすら平安朝物語の模倣作とされ、読むに値しないものと見なされてきた。従って、大部分はごく少部数の原典の翻字があるのみで、現代語訳もほとんど刊行されていないのが現状である。
その結果、それらが一般の読者にまったく読まれなかったのはやむを得なかったとしても、専門の研究者ですら、この時期の物語の文体には特異な語彙や語法があるという点もあって、右のような常識に甘んじて、自ら作品を読み、研究を進める姿勢が乏しかった嫌いがあるように思われる。
これらの作品がこうしてひとしなみに継子扱いを受けてきた最大の理由は、作品の内容にあるのではなく、現代語訳がほとんど無かったという事実に由来するのである。
もし、今、それぞれに読みやすい本文を立て、現代語訳を添えることが出来れば、これらの作品の面目は、世上俄に一新され、その評価にも再検討が加えられるに違いない———我々は、数年以前から期せずして、この一致した見解の元に準備を重ね、同志を糾合して、「中世王朝物語研究会」を組織し、市古貞次・三角洋一編『鎌倉時代物語集成』七巻の本文の完結に引き続いて、ここに本全集を刊行することにした。日本文学史の数少ない盲点の一つが、この全集によって明らかにされ、それが広く読まれることで、その評価も見直される日の近いであろうことを期して疑わない。ここに、江湖諸賢のご支援を切に望むものである。
編者