STAY AT HOME, KEEP READING! COVID-19 : これまでとこれから詳しく
STAY AT HOME, KEEP READING!
Amazonへ


中古あり ¥14,328より

(2020/06/05 17:29:10時点)

近くの図書館から探してみよう
カーリルは全国の図書館から本を検索できるサービスです

種痘という〈衛生〉: 近世日本における予防接種の歴史

この本を読みたい

現在位置から探す
詳しい情報
読み: シュトウ ト イウ 「エイセイ」 : キンセイ ニホン ニオケル ヨボウ セッシュ ノ レキシ
出版社: 東京大学出版会
単行本: 676 ページ
ISBN-10: 4130266098  ISBN-13: 9784130266093  [この本のウィジェットを作る]

紹介

副反応というリスクのある種痘がどのように広まったのか.琉球での国家的な人痘種痘,蝦夷地での強制的全種痘(牛痘)など,日本列島における種痘実践の歴史を広範に掘り起こし,為政者が強制/勧奨する予防接種が帯びる政治性の淵源を明らかにする.

目次

序 章 「日本に於ける疱瘡の沿革」を記述する
第一節 鷗外の追憶,京水の幻影
 鷗外博士のお墓調べ
 池田京水とは誰ぞ
 「日本種痘の恩人」
第二節 種痘という〈衛生〉
 日本の「種痘始祖」は誰か
 本書の目的――「日本に於ける疱瘡の沿革」を記述する
 日本の〈衛生〉の生いたち
 不可視の〈衛生〉
 種痘という〈衛生〉の記述
第三節 本書の構成

第一章 疱瘡の病像
第一節 疱瘡の歴史的現在
 天然痘の特徴
 歴史のなかの天然痘
  (一)種痘以前の世界
  (二)人痘種痘の普及
  (三)牛痘種痘の恩恵
  (四)自然界からの天然痘の根絶
 疾病史からみる「人体」・「社会」
第二節 日本列島における疱瘡像
 疱瘡の起源
  (一)史料にみえる「疱瘡」
  (二)「疱瘡」の疫因論
 近世日本における疱瘡
  (一)「おとなごとをする」――『日葡辞書』の記載
  (二)人事のなかの疱瘡――『和漢三才図会』の記載
第三節 疱瘡の「地方」的展開
 「都会」における疱瘡
  (一)はやり病の光景
  (二)飼いならされた病――ヒト・モノの流れをとおして
  (三)政治体制の疫学的機能
 「辺鄙」における疱瘡
  (一)飛騨宮村の事例
  (二)境界をしきりなおせ
  (三)露の世の悲哀
 無痘地における疱瘡
  (一)無痘地の報告
  (二)無痘地の習俗の三類型(㊀「遠慮」/㊁「送棄て」/㊂「逃散」)
  (三)土地の習俗か「不仁」な所業か

第二章 疱瘡の医説
第一節 医と「天命」
 近世中期の医学・医術と医業
 『医断』をめぐる論争
 『医断』論争と疱瘡
  (一)『医断』論争のなかの疱瘡
  (二)痘疹科の来歴
  (三)療治を尽して死を起こす――吉益東洞『痘瘡新論』
第二節 人痘種痘術の実践
 崎陽での人痘種痘法の伝授
  (一)堀江道元『弁医断』より
  (二)最初の一吹――一七四五(延享二)年,長崎
 球陽の清瘡(ちゅらがさ)
 筑前秋月藩医・緒方春朔の種痘
  (一)『種痘必順弁』の刊行
  (二)種痘法公開の損益
 人痘種痘の展開
  (一)緒方春朔一統のその後
  (二)オランダ式の人痘種痘
  (三)一九世紀半ばにおける人痘種痘
第三節 命題「八丈島無痘説」
 外れ値としての八丈島
 孤島/外れ値の解釈学
 島おそう疱瘡
 錯綜する物語
第四節 断毒の目論見
 有形伝染論と八丈島
 橋本伯寿『断毒論』の事件性
 「俗習」との対峙――『翻訳断毒論』・『国字断毒論附録』の刊行
 「非常の言」の帰結――『断毒論』板木押収事件
第五節 治痘の究竟(くきょう)
 治痘術のその後
  (一)池田痘科の来歴
  (二)池田痘科,家学の形成
 池田痘科の所説と治痘術
  (一)『痘疹戒草』――池田痘科の最初の出版物
  (二)『新刊痘科弁要』――痘毒との格闘
 治痘・種痘・避痘

第三章 種痘針の政治学
第一節 国土と人別
 斃れゆく者へのまなざし――弘化年間の惨状
 牛痘苗「取寄」にむけて
 公儀をとおした「取寄」の必要性
 牛痘種痘への信憑の源泉
第二節 牛痘の「取寄」と分配
 「御用」の論理
 牛痘種痘にかんする知識と経験の伝達
 各地における牛痘種痘の法制度化
  (一)福井藩の事例
  (二)岩国領の事例
  (三)大村藩の事例
  (四)琉球王国の事例
 飼いならしから駆逐へ――啓蒙書類にみる牛痘種痘
第三節 「百分の一」の倫理
 「医伎」か「不仁」なる所業か
 池田痘科の種痘論――池田霧渓『種痘弁義』
 「非命」の死の内実――池田直温『牛痘弁非』
第四節 幕末蝦夷地の強制的「全種痘」
 一八五七(安政四)年の身体
 函館奉行の廻浦(かいほ)
 桑田立斎らによる種痘活動
 「頑愚」なる夷人への「御仁恵」
 「山へ逃げる」夷人
 「山入」の制度化
 夷人の身体の位相
 夷人はなぜ「山へ逃げた」か
 「里社」の論理の起源

終 章 あばた面の近代
 身体と近代の交錯
 一八七二(明治五)年前後の牛痘種痘と天然痘
 とある「近代」のデスマスク

あとがき
powered by openBD
ほかのサービスで見る