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盗作品

原朗氏が、博士論文(=『大東亜共栄圏の形成と崩壊』)を提出する直前に、氏の発表を通じてそのタイトル・内容・構成を入手した小林英夫は、その構成などを盗用し、己の著書にした。それが『大東亜共栄圏の形成と崩壊』である。結果、原氏は博論提出が叶わず、博士号を断念せざるを得なくなった。
一方、小林英夫は、この業績が故に、早稲田大学の教授にまで上り詰める。これに対し、東京大学、京都大学、慶応大学の原氏の同僚たちは原氏に同情し、関係する記録を数多く残している。(「小林英夫 原朗 剽窃」で検索すると、非常に多くの検索結果を見出すことが可能である。例:原朗『最終講義』20頁)。しかし、原氏の博論を「パクった」とはいえ、結局小林英夫は己の能力不足により、同圏の形成と崩壊のプロセスなどを正確に捉えることができなかったらしく、この剽窃作は同圏がただ単に崩壊していく過程の説明しかしていない。原氏は、定年後自身の博論(=『日本戦時経済研究』)を本にしている。真の同圏の形成と崩壊の原因やプロセスを把握したければ、原氏の博論になるはずだった氏の著書『日本戦時経済研究』がおすすめである。

原朗『最終講義』20~21頁は、以下。

そろそろ時間がなくなってきました。最後にここでもう一つ申しあげておかなければならないことがございます。私が十分に研究に専念することができなくなった一つの理由として、1975 年のことですが、私の作品の一つが他の研究者によって剽窃された際、その研究者が学界において果たしていた役割に配慮して、盗用を公然と指摘することをためらったことがあげられます。まだ公刊されていない自分の論文の構成を、ほとんどそのまま他人の著作の編別構成に利用されてしまったのですが、その結果、私は自分の最初の著作を著書として公表することも学位を申請することも断念することになり、以後私は学界における倫理の欠如と売名行為の横行に暗澹たる気分を抱いたまま、一切単著を出版せず、ただ共同研究の編集や資料集の出版のみに終始する態度を維持して現在に至ったのです。学生時代のアルバイトで勤めた研究所で、共同研究を重んずる姿勢、業績主義とは正反対のいわば「匿名の思想」とでも言うべきものを叩き込まれていたことが、共同研究に徹底する態度の維持に強く影響していたのだと思います。
この事件は研究者としての私にとって致命傷となってしまったわけですが、私のその作品が26 年後にあるリーディングスに収録された際、お手許のプリントの最後の2 ページにその経過について実名を挙げてしるしてあります。現在は早稲田大学教授の小林英夫という人ですが、私がこの追記を公表してから8 年、私はご本人からは何の抗議も受けておらず、口頭で謝罪の意を軽く告げられただけであり、現在もその人は次々に著作を公表し、大活躍中です。盗用、剽窃をすることが学問の正常な発展にとっていかに大きな打撃をあたえるか、その被害を蒙った当事者として、研究者への道を歩む皆さんにはお伝えしておく義務があろうかと思い、恥ずかしさを忍んで今日皆様に申し上げる次第です。「宋襄の仁」という言葉が他人ごとではないことを改めて噛みしめることになりました。

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