みんなの書評

さんの書評2017/10/18

自分一人で半年で作る家の考え方とその作り方。震災以降の本ですね、これは。

読書メーターリンクが違う本になってるような…??
それはともかく、数あるセルフビルド本の中でもこの本が面白いところは、「これからセルフビルドをする人に向けての基本の考えた方」を示した所だと思います。
いままでの本は期間や値段、大きさにそれぞれの個人的なポリシーがあり、それに賛同すればいいんでしょうが、実行するにはちょっと難しい部分があるように思います。
作者は建築を仕事にしているだけに、何故「自分で家を作るといいのか」ということを、家を建てるという状況から説明しているのが具体的で面白かったです。
というのも、この本は2011年以降に出た本だけあって、コンセプトが全然違うんですよね。
・基本家を作るのは一人で。友人を頼んだり、家族を呼んだりしない
・作り期間は半年、仕事のつもりで毎日作業する
・素人が短期間で作れるように、構造は正方形が基本
・建具は高いのでなるべく少なく、自作で作れる程度のものに限る
しかも建てる前の書類の提出のための準備ページが非常に丁寧で、ここを自分でやれば数十万が節約出来ることをよく知ってるなぁ…と思うことしきり。
食料を確保するための家という考えは非常にシンプルで具体的でもあります。実際今はそういう発想で家を作りたいという人は多いのではないでしょうか。そうなると山より海のほうがタンパク質確保の手段が楽ですよねぇ…。
別の本で「温暖な地域で断熱材や窓にそれほど資金をかけずにすみ、平屋でいいなら350万で家が出来る」という記述がありましたが、まさしくその通りですね。

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さんの書評2017/10/18

かい巻きの縫い方が載っている数少ない和裁の本です

四十年くらい前の本ですが、文字が小さい事を覗けば和裁の全てが掲載されている本かもしれません。
他の和裁本にはなかなか載っていないかい巻き布団の作り方が知りたくて探したのですが、布団の作り方が座布団だけでなく敷き蒲団、掛け布団まで掲載されているのがスゴイです。昔から使っているかい巻き布団の綿入れの補修をするための参考にならないかと思って借りてきましたが、役にたちました!
それ以前に、和裁の縫い方の説明がとても詳しかったです。今は違う呼び名になっている縫い方もありました。祖母の縫ったかい巻きの裏当てをほどいた時に気になったいろいろな布の押さえ方や繰りかた、糸のつなぎ方や木綿と絹の使い分けの違いがよくわかります。
今の手縫いの本には載っていない縫い方がたくさん載っていたのも面白く読みました。自分で手縫いするとき、しつけがどうにもうまくいかず、最近の本にはしつけの仕方自体がちょっとしか載っていなくて気になっていたこともよくわかりました。昔の本には失った技術が載ってるものですね。それらは今は別に使わなくてもいいことかもしれませんが、ちょっとしたコツを知っているだけで布の傷みやこすれ、縫っている間のズレや強度が変わるんだなぁと思いました。
結構分厚い布も和裁はぐいぐい手で縫いますものね。
服を作る時にいつも、使っているミシンの調整がうまくいかず、毎回縫う前にうんざりして縫うのが嫌になる事も多く、最近作る時は手縫いで行っております。ですが、ミシン縫いを手縫いで縫う時に問題になる縫い目の強度と布端の始末は和裁の技術を参考にするといいのかもしれません。
手縫いは布地に負担がかからないというのは確かにそうで、夏のパンツを三枚、手縫い2ミシン1で作ったのですが、手縫いパンツの方が縫い目がほどけず、丈夫なので実感しております。
かい巻きの修復は上手くいきそうで、この冬の使用に間に合いそうです。
今度は数年前から懸案だった丹前を作りたいと思っております。


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さんの書評2017/10/14

梅干しと日本刀

梅干しと日本刀
モーニングサテライトの「リーダーの栞」で紹介されていたのを観てこの本にであった。
過去を否定するのではなく、日本人の特性から生まれた伝統を振り返り、西洋文化が流れ込んできた明治以降、現在に至るまでに失われた隠れた風土、経験に根差した科学を礼賛する本である。
過去を礼賛する本は過去、谷崎潤一郎「陰翳礼賛」を読んでおり、その淀みのない文体と着眼点に甚く感動したためこの本にも期待していた。
しかし、前書きにも書かれているがこの本は基本的に口述紙であり、その結論に至った引用文献や科学的な裏付けが非常に弱い。
例えば、現在の日本において人間関係は希薄になっており、隣人の死を知らずに放置している事件が頻発しているとこの本では紹介されている。
確かに隣人との交友関係は現在、希薄であり、隣人はどのような人かを知らずに生活しており、田舎の方がその点、接点が多く、町もしくは集落単位で相互に人の目が行き届いており、隣人の死に気づくことも多かったはずである。
しかし、隣人の死の放置は本当に多くなったのであろうか?
現在であればインターネット、テレビがあり、過去は新聞が、その前は口伝が主な連絡手段であり、情報の伝達スピードがそもそも異なっており、耳に入る事件の量もスピードも異なる。つまり、事件の発生頻度自体の違いではなく、肌感覚で多く感じているだけではないのではないか?
せっかくの復刊版であるのでいくつかの点について引用文献などを調査するなどして精査することは可能であったので非常に残念である。
このような部分は多々あり、日本語の日常用語が世界一多いなどは調査すれば間違いであることはすぐに判明でき、注意書きなどできたはずである。
また文章の結びの殆どが「~と思う。」、「~であろう。」で終わるのは、筆者が考古学者という科学者を謳うならば落第点を押されても仕方がない。

一方、日本の城郭は堀であり、西洋の城の城壁とは異なる理由の考察などは非常に面白い。しかしその点に関しても、もっと地政学的な違いなどの説明があればより深い洞察が出来たのではないかと感じる。
礼賛することにより、過去を美化し、現在に一石を投じることは良いことではあるが、ただ無条件に礼賛するのではなく、もう一歩進んだ洞察、提案などがあれば良かったと感じる本であった。

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さんの書評2017/10/07

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

Twitter発「140文字の文学者」とも呼ばれる燃え殻さんの作品
うだつの上がらない若者が20代前半で自身の仕事の激しい変化の中で、心身を疲弊していく中で、一服のオアシス的な存在である”ブスな彼女”に安らぎを求めるが、ついには別れてしまうも東京のしっかりと受け入れられる。
しかし、ある日facebookで結婚した彼女を見つけてしまい、間違って友達申請してしまう。
これを機に昔の思い出に浸りながら、その空気、肌感を回想する話である。
140文字の制約があるためかとても平易な文体であるが、その描写は質感を伴うもので読者としてはその刺激を皮膚で感じるためノスタルジックな描写に映る。
駐車場の金網に大きな意味もないのに、よじ登った時に指に食い込むその痛み。よじ登りながら語る相手との言葉。
全てに大きな意味はないが、そこに若さの喜び、大人、都会への反感をより歳をとって自分に感じ、共感を生む。
失ったものへの羨望を読者に隆起する。

ただ個人的にはその質感には共感は出来るが、深さを感じるものではない。
質感から心身への影響、更にはその結果遷移する自身の変化や成長、彼女とのすれ違いなどは描かれていないため物足りない。
それは別れの理由が書かれていない部分にも繋がっており、全体的にまさにゴールデン街で飲みながらトクトクと語るような作品に感じる理由であろう。
男は過去を、女は未来を見据える生き物である。と仮定すると男はこの甘酸っぱい回想に共感を憶え、自らの心に問いかけるきっかけにはなると思う。
その点で言えば、日本人の約半分には批判はあれど受け入れられるものであろう。
一方、女性にとっては「男って勝手に自分を評価してめんどくさい生き物だ。」と思われるであろう。
つまり、全ては独りよがりの本になってしまっている。
但し、独りよがりだから、この本が悪いという結論になるわけではない。
元々のタイトルから考えれば、独りよがりは織り込み済みなのであるから問題はない。
しかし、叙情詩としてリアルではあるが、個人的には少し物足りなさを感じる作品であった。

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さんの書評2017/09/26

ダイエットの科学(The Diet Myth)

ダイエットの科学(The Diet Myth)
名門ロンドン大学の遺伝疫学教授が現在、世の中で一般的に知られているダイエット法について科学的な検証を基にその内容の真贋をメタ解析など公平な分析方法を用いてまとめている。
その内容からこの本の結論は「太るのは体質であり、その体質というのは腸内環境(腸内フローラ)に左右される。したがって、腸内細菌を育み、改善するために多種多様な食品をバランス良く食べよう。」である。
腸内フローラは近年の医学界における大きなトレンドの一つで、身体的、精神的な病気の原因になり得るということが徐々に判明しており、健康の重要なファクターとされている。

以下、本に書かれていた内容の中で重要と感じた部分を抜粋する。

カロリー
体が食べ物からエネルギーを生み出すプロセスは、その食物源や、咀嚼した回数、消化しやすさ、食べ合わせなどによってかなり違ってくる。ある研究では白米はスプーンで食べるより箸で食べたほうが、血糖値の上昇と、それによるインスリンの分泌速度(GI)を大幅に抑えられることがわかっている。
多くの研究者が、このGI値は体重を調整するうえで重要だと考えているがヒトを対象とする数少ない比較臨床研究では、今のところ、GI値の多寡は体重や心臓疾患のリスク要因に違いは見つかっていない。

倹約遺伝子仮説(来る不作時期に向けて、ヒトは基本的に太るように遺伝子がコードされている)に対して、浮動遺伝子仮説がある。
これは200万年前まで体脂肪に関するヒトの遺伝子とその蓄積メカニズムは今よりも厳しく抑制されており、過度に太っていると生き延びるうえで大きな問題になったという説である。
ヒトの祖先であるアウストラロピテクスの骨格からは、腹を空かせた肉食動物に食べられるのは日常的な出来事だったという証拠が数多く見つかっている。当時は、体重が120キロもあって、サーベルタイガーの仲間の獲物とされていた。太っていると逃げ遅れるし、筋張ったヒトよりもお良かったことだろう。この二つの理由で、遠い過去に存在した肥満遺伝子は負の自然選択を受け、人の脂肪の最大量が抑えられることになった。
とはいえやはり、やせすぎても不利になった。ふつうは食べ物が豊富にあったが、冷蔵庫も冷凍庫もない当時は、だれもが非常用の脂肪を蓄えておく必要があった。つまり、極端に痩せていたり、逆に極端に太っていたりすると、遺伝子がひそかに、その中間に押し戻すメカニズムを動かしていたのである。
その後、自然界に捕食者が徐々に姿を消すにつれて、素早く逃げる必要もなくなったので、体脂肪が上限を超えないように制限する遺伝子の働きは、それ以前よりも緩やかになっていった。もちろん、体脂肪が増えないようにする遺伝子をたまたま持ち続けた人もいたが、それ以外の人では、その遺伝子の効果は弱まって、体脂肪の上限は上がった。その結果、上限まで体脂肪が増え続ける人たちがいる一方で、人口のおよそ三分の一に相当する人たちは食べ物に囲まれていても痩せたまま、という状況になったという。痩せ形の遺伝子を持つ人には、運動習慣の多さと関連する遺伝子もあることを考えれば、この説も筋が通ていると言えるだろう。

人工甘味料および保存料
誰もがダイエット飲料を好きなわけではない。味蕾が鋭すぎたり、ある種の遺伝子バリアントがある人は、その人工的な味が強烈すぎて不快に感じる、後味が嫌いだという人もいる。越した嫌悪感の原因としては、そうした飲み物に含まれている、佐藤の味を真似しようとしている化学物質の舌触りや構造に、私たちが極めて敏感だということもあるだろう。炭酸もまた別の要因で、脳をだまして、その飲料が実際よりも甘くないと思わせることが出来る。気の抜けたコーラはたいてい、飲めたものではない。
確かに、ダイエットコーラのグループの方が、体重の増え方が通常のコーラを飲んだグループよりも少なかったが、劇的に少ないわけではなかった、ダイエットコーラグループの体重増加を平均してみると、予想以上に多く、がっかりさせられる結果だった。一方、通常のコーラを飲んだグループと比べて、満腹感の違いもわずかしかなかった。
アスパルテームは脳の視床下部の細胞に影響することがあり、理論的には、食欲調節経路を混乱させる可能性もあるからだ。

ビタミン
マルチビタミンについて実施された信頼性の高い大規模な無作為化試験の結果、はっきり示されたのは、有効性は一切ないということである。むしろベータカロチンやビタミンE、更に高用量のビタミンAを含む各種サプリメントは、明らかに体に害があるというのだ、ほかの抗酸化ビタミン、葉酸、ビタミンB群を含むサプリメントにも、マルチビタミンサプリメントやミネラルのサプリメント同様に死亡率や、主要な慢性疾患の罹患率を下げる効果は見られなかった。
またオメガ3は、子供の認知機能や知能指数、注意欠陥障害には全く効果はなく、心臓疾患のリスクを下げることは出来なかった。
またビタミンCサプリメントには、風邪や、がんなどの病気を予防する効果はないという。亜鉛サプリメントなどには、前もって服用すれば風邪の回復を半日はやめられる可能性があることを示す研究がいくつかあるが、オレンジやブロッコリーにも同じ効果がありそうだ。
ビタミンD不足の解消には日の当たるところに1日10~15分座って、顔や腕に太陽光を当てる、あるいはそれが難しい場合は、脂肪の多い魚を食べると良い。
太陽光はメラノーマの「原因」だといわれるのを耳にする。しかしメラノーマの研究が示していたのは、日常的な強い日焼けと、メラノーマのリスクのわずか50%の増加に関連性があるということに過ぎない。つまり、太陽光の浴びすぎで説明できるのは、メラノーマの症例のうちのせいぜい4分の1足らずなのだ。こうした比較的穏やかなリスクは遺伝子によって決まる肌の色のタイプ違いを考慮すれば、見えなくなってしまう。実のところ、メラノーマの主な原因は遺伝子と不運であり、太陽光のせいではないのである。
またビタミンDのサプリメントを摂取した軽9万5000人以上の被験者を分析したところ、サプリメントが死亡率や骨折の発生を抑えていることを明確に示すエビデンスは見つからなかった。

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さんの書評2017/09/15

DIYやってたら家作りたくなるよね

DIYの何かを探していて見つけたHPの作者の、自分で自分の家を建てたいきさつをまとめた本。ようやく見つけて読めました。改めて読んだらもう20年くらいたつのね…。
これは2階建て、雪国仕様という、自分で作るにはかなりな難度の高いものを一部プロにやってもらいつつ、土台から柱のほぞ組みから屋根かけまでやったというのがとにかく凄いの一言ですね。
2階建てで雪国仕様の断熱素材や機密加工は結構難しいのだろうと思いますし、作者の仕事も関係あると思いますし、当時は震災前なので、建築基準法が大分緩いので、今作るとなったらここまで出来ないかもしれません。
それでも、柱をツーバイフォーでなく作りあげるというのは凄いことですね…。
この本は家を作るまでの建築図や木材の調達など、家を作るまでの下準備にかなりのページが取られています。土台のコンクリ打ちや鉄骨仕込みの方法が丁寧に書かれているのが実践的ではあります。こういうの、以外と書いてある本がないし、いろいろな書類をどうやって入手すればいいのかがわからないこともあるので。
そこまでの解説が本の7割を占めるので、読んでみるとあれ?と思いますが、読んでみると確かにこの分量でいいんだな、ということがわかります。家は計画と土台を作るのが大変で、他の部分は後でいくらでも直せますもんな~。直せるということを知っていると、後で直そう!が出来ますからね…。
ここまでしっかり作って650万だそうです。
今は木材や資材の値段が当時の150%くらいなのでもっとするかもしれませんが、温暖地ならここまでしなくてもいいし、資材も寒冷地仕様でなければもっと安いですよね。土台はそのままで仕様をもっと軽くした資産が450万くらいだとすれば、家だけのコストって500万くらいなのかなぁ…。

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さんの書評2017/09/15

短歌は詠うものなのだ

偶然短歌とは何か、という説明から始めるこの本はいろいろな楽しみ方が出来る。
Wikipediaの説明文の中から57577の文字だけを抜き出してその中からさらに選んだもの…だけなのだが、この漂うおかしみ、悲しさ、楽しさはなんだろう、と思う。
日本語の中に常にある短歌の形式が、こんなところにまで充足していることを改めて感じる本である。短歌とは声に出して読むことこそ、の形式であるのだな、とひとつづつ読みながら思う本でもある。一言そえられた言葉にもおかしみがあり、なるほど、と思うこともあり、そっちなの~?と思うこともある。何よりこの文章の元を見て「えっ!?」となることがおもしろい。
オグシオの短歌なんか最高ですよ。時事批評みたいになってるのに!
一見無機質な単語であるのに、ある接続詞を挟み込んだり、ある順番に並べてあるだけで、そこに新しい世界が生まれるのが、短歌の始まりだったのかも…と思うくらい、おもしろく、楽しい本でした。
とにかくどの短歌も、読むとまた全然違うものになるのです。声に出す、それだけで一気にそれぞれが立ち上がってくる感覚はとてもスリリングでした。これは多分、並べたそれぞれに意味がなく、繋がりもない故の面白さなのかもしれないです。世界の中を振り回されるようなおかしみに、わくわくする本でした。
巻末に、Wikipediaから短歌を抜き出すプログラムコードが全文乗っているのでソースコードを読むことも出来るのですが、それほど長くない割コードでありつつ、日本語の「ことば」を抜き出すにはいろいろな条件がいるのだなぁ…ということがわかるのが案外新鮮でもありました。CSSコードようやく読めるくらいでもわかるもんなんだなぁ…。

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さんの書評2017/08/011いいね!

盗作品

原朗氏が、博士論文(=『大東亜共栄圏の形成と崩壊』)を提出する直前に、氏の発表を通じてそのタイトル・内容・構成を入手した小林英夫は、その構成などを盗用し、己の著書にした。それが『大東亜共栄圏の形成と崩壊』である。結果、原氏は博論提出が叶わず、博士号を断念せざるを得なくなった。
一方、小林英夫は、この業績が故に、早稲田大学の教授にまで上り詰める。これに対し、東京大学、京都大学、慶応大学の原氏の同僚たちは原氏に同情し、関係する記録を数多く残している。(「小林英夫 原朗 剽窃」で検索すると、非常に多くの検索結果を見出すことが可能である。例:原朗『最終講義』20頁)。しかし、原氏の博論を「パクった」とはいえ、結局小林英夫は己の能力不足により、同圏の形成と崩壊のプロセスなどを正確に捉えることができなかったらしく、この剽窃作は同圏がただ単に崩壊していく過程の説明しかしていない。原氏は、定年後自身の博論(=『日本戦時経済研究』)を本にしている。真の同圏の形成と崩壊の原因やプロセスを把握したければ、原氏の博論になるはずだった氏の著書『日本戦時経済研究』がおすすめである。

原朗『最終講義』20~21頁は、以下。

そろそろ時間がなくなってきました。最後にここでもう一つ申しあげておかなければならないことがございます。私が十分に研究に専念することができなくなった一つの理由として、1975 年のことですが、私の作品の一つが他の研究者によって剽窃された際、その研究者が学界において果たしていた役割に配慮して、盗用を公然と指摘することをためらったことがあげられます。まだ公刊されていない自分の論文の構成を、ほとんどそのまま他人の著作の編別構成に利用されてしまったのですが、その結果、私は自分の最初の著作を著書として公表することも学位を申請することも断念することになり、以後私は学界における倫理の欠如と売名行為の横行に暗澹たる気分を抱いたまま、一切単著を出版せず、ただ共同研究の編集や資料集の出版のみに終始する態度を維持して現在に至ったのです。学生時代のアルバイトで勤めた研究所で、共同研究を重んずる姿勢、業績主義とは正反対のいわば「匿名の思想」とでも言うべきものを叩き込まれていたことが、共同研究に徹底する態度の維持に強く影響していたのだと思います。
この事件は研究者としての私にとって致命傷となってしまったわけですが、私のその作品が26 年後にあるリーディングスに収録された際、お手許のプリントの最後の2 ページにその経過について実名を挙げてしるしてあります。現在は早稲田大学教授の小林英夫という人ですが、私がこの追記を公表してから8 年、私はご本人からは何の抗議も受けておらず、口頭で謝罪の意を軽く告げられただけであり、現在もその人は次々に著作を公表し、大活躍中です。盗用、剽窃をすることが学問の正常な発展にとっていかに大きな打撃をあたえるか、その被害を蒙った当事者として、研究者への道を歩む皆さんにはお伝えしておく義務があろうかと思い、恥ずかしさを忍んで今日皆様に申し上げる次第です。「宋襄の仁」という言葉が他人ごとではないことを改めて噛みしめることになりました。

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さんの書評2017/07/19

一言で言えば、買うのに勇気が要る本。


書店ではあまり見ることがない本。(理由としては、恐らく値段が高いことが挙げられる。)だけども中身は値段以上のクオリティ。米津さんのファンである私にとっては宝物の一冊です。
内容:ロッキング・オン・ジャパンで連載されていたもの(2013年8月号~2015年12月号)+書き下ろし13体 全41体+love(CD。一曲のみ)価格4300円+税
備考:ロッキング・オンのサイトでは売り切れとなっている。(2017年7月現在)
感想:私の知人(ジャニヲタ・非ヲタ・リア充etc...)曰く、「最後の”かいじゅう”が心にきた。」とのこと。
因みに私は文句無しの5つ星です! 但し発売前(一月前)に予約したのに対し、受け取りできたのが発売から10日後だったのが心残りです…(入荷予定が一切無かったのと配送方法が船便という不幸のダブルパンチ。)買うには色々な意味で勇気が要る一冊です。
公立図書館に入れられる可能性は、皆無に等しいと思います。(製本方法がかなり特殊な為、メンテナンスが難しい、本の値段が高いことが挙げられる。)
私が云えるのはここまでです。御免なさい。

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さんの書評2017/06/243いいね!

失敗の科学

失敗の科学
失敗を失敗のままにしない仕組みを精緻に組んでいる航空業界とその対岸に位置するとされる医療業界を中心に失敗を多くの事例を示しながら、科学的に平易な言葉で簡潔にまとめ上げられている良書であった。
特に成長するためには失敗を称賛する環境を作り、文化とする土壌が必要であることが重要である。
個人を攻撃するのではなく、失敗を成長の糧と捉え、適切なフィードバックを行い集団として改善を進めるべきであることがこの本には事細かに記載されている。

以下、著書から引用する。
クローズド・ループ現象のほとんどは、失敗を認めなかったり、言い逃れをしたりすることが原因で起こる。
疑似科学の世界では、問題はもっと構造的だ。つまり、故意にしろ偶然にしろ、失敗することが不可能な仕組みになっている、だからこそ理論は完璧に見え、信奉者は虜になる。しかし、あらゆるものが当てはまるということは、何からも学べないことに等しい。

いわゆる「一万時間ルール」(才能が開花するまでには1万時間の訓練が必要という法則)だ。もちろん誰でも世界チャンピオンになれるわけではないが、たいていの人は努力によって熟達できる。
しかし、全く異なる研究結果も出ている。職種によっては、訓練や経験が何の影響ももたらさないことが多いという。例えば、心理療法士を対象にしたある調査では免許を持つ「プロ」と研修生との間に治療成果の差はみられなかった。なぜか?
ゴルフに例えると練習場で的に向かって打つときは1回1回集中し、的の中心に近づくように少しずつ角度やストロークを調整していく。
しかし全く同じ練習を暗闇の中でやっていたとしたらどうだろう?10年頑張ろうと100年続けようと、上達することはない。試行錯誤が不可能なのだから。
心理療法士の仕事は患者の精神機能を改善することだ。しかし治療が上手くいっているかどうかは、何を基準に判断しているのか?フィードバックはどこにあるのか?実は心理療法士のほとんどは、治療に対する患者の反応を、客観的なデータではなく、クリニックでの観察によって判断している、しかしその信憑性は、甚だ低い。患者が心理療法士に気を使って、状態が良くなっていると誇張する傾向があることは、心理療法の問題としてよく知られている。
心理療法士は、治療によが成功した患者の精神機能がそのあとも良好かどうか、あるいは結局失敗に終わったかどうか、全く知らない。つまり、治療の長期的な影響に関するフィードバックが全くないのだ。
こうした新弾力や判断力を高めたいときに大事なのは、熱意やモチベーションだけではない。暗闇に明かりをつける方法を探すことが肝心だ。間違いを教えてくれるフィードバックがなければ、訓練や経験を何年積んでも何も向上しない。

自分の失敗を隠す「内因」が認知的不調和(自尊心や保身による内発的な動機付け、言い訳、バイアス)だとしたら、「外因」とも言えるのが、非難というプレッシャーだ。非難の衝動は、組織内に強力な負のエネルギーを生む。
何かミスが起こった時に、「担当者の不注意だ!」「怠慢だ!」と真っ先に非難が始まる環境は、だれでも失敗を隠したくなる。しかし、もし「失敗は学習のチャンス」と捉えられる組織文化が根付いていれば、非難よりもまず、何が起こったのかを詳しく調査しようという意思が働くだろう。
適切な調査を行えば、ふたつのチャンスがもたらされる。ひとつは貴重な学習のチャンス。失敗から学んで潜在的な問題を解決できれば、組織の進化につながる。もうひとつは、オープンな組織文化を構築するチャンス。ミスを犯しても不当に非難されなければ、当事者は自分の偶発的なミスや、それにかかわる重要な情報を進んで報告するようになる、するとさらに進化の勢いは増していく。

成長型マインドセットは「合理的に」諦める。
成長型マインドセットの人ほど、諦める判断を合理的に下す。成長型マインドセットの人にとって『自分にはこの問題の解決に必要なスキルが足りない』という判断を阻むものは何もない。彼らは自分の”血管”を晒すことを恐れたり恥じたりすることなく、自由に飽きられることができる。
つまりそれは引き際を見極めてほかのことに挑戦するのも、やる抜くのも、どちらも成長なのだ。そして、我々が最も早く進化を遂げる方法は、失敗に真正面から向き合い、そこから学ぶことなのだ。

互いの挑戦を称え合おう。実験や検証をするもの、根気強くやり遂げようとするもの、勇敢に批判を受け止めようとするもの、自分の仮説を過信せずに真実を見つけ出そうとするものを、我々は賞賛すべきだ。
「正解」を出したものだけを褒めていたら、完璧ばかりを求めていたら、「一度も失敗せずに成功を手に入れることができる」という間違った認識を植え付けかねない。
自分の考えや行動が間違っていると指摘されるほどありがたいものはない。そのおかげで間違いが大きければ大きいほど、大きな進歩を遂げられるのだから。批判を歓迎し、それに対して行動を起こす者は、友情よりもそうした指摘を尊ぶといっていい。己の地位に固執して批判を拒絶する者に成長は訪れない。

データとフィードバックは有意義な進化への舞台に「明かり」を灯す。ポイントは、判断力を養える環境を作ることだ、有意義なフィードバックなしに改善は望めない。間違いを警告してくれる「信号」をシステムの中に取り入れることが肝心だ。

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