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鎌倉幕府はいつできたか?

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現代語訳吾妻鏡〈1〉頼朝の挙兵

後白河法皇 (講談社選書メチエ)

源平武将伝 源義経 (コミック版日本の歴史)

棚橋 光男

水谷 俊樹

鎌倉時代の最も基本的な史料の現代語訳です。

暴君といわれる法皇の姿を、文化創造や精神史に分け入り、王権の転換期に東アジアの知的交流にも目配りした論文集。

戦の天才にして、悲運の武将。源平合戦の英雄の、短くも激しい生涯。

歴史好きにオススメ

12月22日は、1185年に鎌倉幕府が設置した守護・地頭を後白河法皇が承認した日で、旧暦では文治元年11月29日です。
諸国に守護、全国の荘園に地頭を設置したのは、源頼朝と不仲になって逃亡した弟の義経を探し出すのが口実でした。これによって、いままで朝廷が持っていた軍事と警察の権力が鎌倉に移りました。
さて、「いいくにつくろう鎌倉幕府」という語呂合わせがあります。頼朝が征夷大将軍に任命された1192年をもって鎌倉幕府の成立とする見方です。鎌倉幕府がいつ成立したかについては諸説があります。頼朝が平氏追討のために挙兵した1180年、頼朝の東国支配権が確立した1183年、幕府の機構が整った1184年、守護・地頭を設置した1185年、奥州藤原氏を滅ぼして全国を支配下におさめた1189年、後白河法皇の没後、朝廷から正式に征夷大将軍に任命された1192年、などなど。
従来は語呂合わせの1192年が鎌倉幕府成立の年とされてきましたが、現在では学校の教科書には1185年と載っています。
こどものころから親しんでいた語呂合わせがもう使われないのは寂しいことですが、歴史学にとどまらず、なんでも学問が進歩すると定説は変わってゆきます。この「いい国つくろう」は、昔と常識が変わったなぁ、と実感する例のひとつです。

※これらの本は、平成28年12月22日(木)に、中津川市立図書館にて日替り展示されました。

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閲覧回数:315回、公開:2016/12/22

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