目次
序 文 先住少数民族について
第1部 アラブ・イスラーム地域
解 説(堀内正樹)
〈アルジェリア・チュニジア〉
1 アマジグ◇言語と文化の尊厳とアイデンティティーを求めて(宮治美江子)
〈モロッコ・西サハラ・モーリタニア〉
2 ベルベル◇〈先住民〉としてのベルベル人?——モロッコ、西サハラ、モーリタニアのベルベル人とベルベル文化運動の展開(斎藤 剛)
〈ニジェール・マリ・ブルキナファソ・アルジェリア・リビア〉
3 トゥアレグ◇エキゾティズム・女性・窮乏化(茨木 透)
〈エジプト・スーダン〉
4 ヌビア◇ヌビアの〈いま〉(奥野克己)
〈エジプト〉
5 コプト◇マイノリティが受け継ぐイスラムの前身伝統(長谷川 奏)
〈パレスチナ・イスラエル・ヨルダン・レバノン・シリア〉
6 パレスチナ◇「近代」を問い続ける(宇野昌樹)
〈イスラエル・パレスチナほか中東・ヨーロッパ〉
7 ユダヤ◇中東におけるユダヤ教徒/人(田村愛理)
〈イラク・シリア・トルコ・イラン・アルメニア〉
8 ヤズィーディー◇孔雀像を崇める人々(宇野昌樹)
第2部 西南アジア
解 説(松井 健)
〈アフガニスタン〉
9 パシュトゥーン◇アフガニスタンにおける民族関係(松井 健)
〈パキスタン〉
10 バルーチュとズィクリー◇バルーチスターン州の民族・宗教問題(松井 健)
〈トルコ・シリア・イラク・イラン〉
11 クルド◇クルド語とクルド人アイデンティティー(山口昭彦)
〈トルコ〉
12 ラ ズ◇変容と継承の歴史(石川真作)
監修者あとがき
索 引
編者・執筆者紹介
前書きなど
序文 先住少数民族について(綾部 恒雄)
二一世紀に入り五年目を迎えている。一九九一年のソ連邦の崩壊により、米ソの冷戦構造は終焉を迎え、折から目覚しい発展を遂げてきたIT(情報技術)の時代が、政治的平和とともに華やかに幕開けしたかにみえた。華やかな期待の多くは、人類が構築してきた科学・技術に対するものであった。宇宙科学、生命科学、ナノ・テクノロジーの驚異的進歩は、ITの発展とともに、人類の古来からの夢の多くを実現させていくかにみえたのである。
しかし他方で、地球の自然、人間の環境は恐るべき勢いで荒廃してきている。空気や水の汚染、地球温暖化による氷河・氷山の溶解と海面水位の上昇、森林の破壊による砂漠化の広がり、エネルギー資源の枯渇、人口の増大と食糧不足、そして貴重な動植物の種の絶滅、狂牛病の発生、HIVやSARSのような新型ウイルスの出現も、人類による自然の秩序破壊と無関係ではないと思われる。
こうした人類文化の変化・発展と地球環境の荒廃の中で、そのマイナス面のしわ寄せを最も苛酷に蒙っているのが一般的に当該国民国家の中で少数民族と呼ばれている人びと、なかでも先住少数民族と呼ばれる多くの孤立的集団であろう。
(中略)
アメリカ合衆国における少数民族を「植民化」されたグループと移民グループに分けて論じたのはロバート・ブローナーである。ロバート・ブローナーによれば、前者は自分の意思に反してアメリカ社会に組み入れられたグループ(主として非白人)であり、後者は自らアメリカへやってきたグループ(主として白人)であるという。しかし、こうした大まかな分類では、日本人、中国人、フィリピン人、インド人などのように、自らの意思でアメリカへ移民した人びとの説明がつかないし、アメリカ以外の社会との比較文化的な考察には不適当であろう。この点、1多数派—少数派関係の質的相違が明示され、2多数派—少数派関係における歴史的変化の分析が可能で、3比較文化的適応にも耐えうる分類としてオグブが提案した、(a)自律的少数民族、(b)カースト的少数民族、(c)移民的少数民族、という分類は注目すべきである。
(中略)
このように、少数民族を自律的、カースト的、移民的の三種に分類して論じたオグブの説は優れたものではあるが、これらのカテゴリーではなおすくいきれない属性を持つ少数民族が存在する。それはたとえばさまざまな戦争・紛争・内乱によって、故地から逃れ長期にわたって異国に暮らす難民と呼ばれる人びとである。ベトナム戦争の結果アメリカやカナダへ逃れた、ベトナム人、カンボジア人、ラオス人難民の数は百万を超えている。アフリカのエチオピア、スーダン、ソマリア、ルアンダ等の果てしない紛争の結果生じた難民の数は数百万にのぼり、アフガニスタン、イラク、パレスチナなど中東地域の難民は一千万台を超えている。中央アジア、南アジア地域では、第二次大戦以来の国境紛争や政変によって、異郷の地で、いずれの国籍をも持たず、最低限の生活保障もないままに暮らす人びとの数ははかり知れない数にのぼるのである。これらの難民は、多くの場合、異郷の地においても民族別に連帯しあって生きており、彼らが居住する国家の中では、難民であると同時に少数民族としての扱いを受けていることが多い。難民的少数民族と呼ぶべきであろう。難民は移民とともにディアスポラのひとつのタイプであるが、多くの場合、逃れてきた母国の体制に批判的であるという傾向を内包している。
更にまた、これこそが本『世界の先住民族』(一〇巻)講座の中心課題であるが、オグブの分類にはみられない重要なカテゴリーに先住少数民族があることを強調しなければならない。それはたとえばブラジル(インディヘナ諸族)、オーストラリア(アボリジニ諸族)、カナダ(イヌイト、インディアン諸族)、アメリカ(インディアン諸族、エスキモー、チャモロ)、ニュージーランド(マオリ)、中国(ウイグル、チベット他)、台湾(アミ、タイヤル、ブヌン他)、日本(アイヌ)、フランス(ブレイス)、スペイン(バスク)、イラク・トルコ・イラン(クルド)、フィンランド・ノルウェー(サーミ)……等々、世界人口の四%にのぼるといわれる人びとである。彼らは多くの場合、その土地の先住者でありながら、後発の有力な民族に圧倒され、多くの場合辺境に追いやられながら、なお強く文化的アイデンティティを保持している人びとである。これら先住少数民族では、伝統的民族文化の存続と民族的アイデンティティに関しては自律性を保ちつつも、政治・経済的には自律的少数民族のような相対的自律性を国家体制に対して確保しえない状況下におかれている。
先住少数民族の規定あるいはカテゴリー化は国によって一定していない。ニュージーランドのように、先住民マオリと白人(パケハ)との混血の度合を考える国もあるが、この場合も自己申告を基本としている。こうした中で世界先住民会議は、先住民の概念について次のような提案を行っている。
「私たち先住民とは以下のような集団である。私たちの現在住んでいる土地に古い時代より住み続け、祖先から引き継いだ土地に結び付けられた社会的伝統と表現の手段、および独自の言語を保持するという特徴をもち、さらに特定の民族への強固な帰属意識を抱かせるような基本的かつ独自の特徴をもつことを自覚している集団のことである。そして民族としてのアイデンティティを有し、それゆえに他者から峻別される集団のことである。」
更に国連人権擁護特別コミッションの先住民問題の専門家ジュリアン・バージャーによると、先住民とは、
1 征服者によって蹂躙された領土のもともとの住民の子孫である。
2 移動または半移動耕作者、牧畜民、狩猟民、採集民であったりする。労働集約的な農耕形態をとり、余利を生むこともほとんどなく、エネルギーの必要度も低い。
3 中央集権的な政治制度をもっておらず、共同体レベルで組織がつくられており、全員の同意をもとに決定がなされる。
4 少数民族の特徴を有している。共通の言語、宗教、文化、識別可能な諸特徴と特定な土地との結びつきなど。しかし、支配的な文化・社会によって圧倒されつつある。
5 土地と天然資源を保護し、物質中心主義的ではない態度からなる世界観をもち、支配社会によって与えられた開発とはことなる開発を追求する。
6 自分たちを先住民と見なしており、集団にも先住民として受け入れられている個々人を構成員とする。
こうした先住民は世界の五大陸のすべてに分布しているが、すべての先住民が右に上げられた基準のすべてを満たしているというわけではないし、現代では、先住民のかなりの部分が都市に居住しているのも事実である。
更に重要なことは、先住少数民族を考える場合、現在の国境を基準にした、「先住」ということについての時間の先後関係をあまりにも機械的に適用しないことであろう。基本的には「自分たちがその土地の先住者である」ということが前提ではあるが、現在の世界一九二カ国の国境は、歴史的に絶えず変動してきており、今後も変化することが考えられる。また、先住民族の多くは現在、いずれかの国民国家の領域内に組み込まれてはいるが、国民国家の成立やその国境線の画定に主体的に関わってきたわけではない。たとえば、東南アジア大陸部のタイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムなどの山地民(たとえば、モン、リス、ミエン、アカ、カレンなどの人びと)は、伝統的に焼畑耕作民が多く、中国の雲南地域をも含めて、数百年にわたり、山岳地帯で焼畑移動耕作を生業としてきた人びとである。平地の水稲稲作民であるビルマ人、タイ人、ラオ人、キン人たちが、次第に山岳部へ入って来るはるか以前からの山地居住者であったことは疑いないのである。そうした意味で、本『世界の先住民族』講座で取りあげた先住民族の中には、当該国の国境線が画定されたあとに入りこんできた「後住民」と考えられる人びとも、彼らの政治、経済、社会的状況、あるいは伝統文化や帰属意識の上で、先住民族と類似する状況におかれている場合は、取りあげているものもある。
以上の五種類の少数民族の中で、先住少数民族が他の四種の少数民族と最も異なっている点は、彼らが自らの自由な意思や合意の確認がないままに当該国家に組み込まれた人びとだということである。したがって、先住少数民族の場合、「民族自決権」が留保されていると考えることができる。先住少数民族に民族自決権が残されているということは、彼らには土地権や資源権も留保されているということであり、極めて重要な属性であるといわねばならない。国家が各自の主権と国境を不可侵のものとし、他方で、多くの国家がいくつかの政治・経済連合へと向かう動きを示しつつある現代世界で、先住少数民族の問題は、基本的人権思想をもちだすまでもなく、人類史に残されてきた深刻な未解決の課題であろう。
本シリーズは、このような二一世紀初頭における先住少数民族の状況を、国連の議決から一〇年を経た今再確認し、より多くの人びとにその情報を届け、少しでも早く、先住少数民族の社会、経済、文化的状況を、彼らの主体性において改善していく上での一助になることを願って企画されたものである。
IT革命、グローバル化が加速度的に進む現在、貴重な文化を育てて来たこれらの人びとの苦難を救っていくことこそ人類の最も緊急な責務ではなかろうか。 (二〇〇三年一一月記)
(序文より抜粋)