目次
まえがき
表記について
序 論
第1部 ムラとマチ
第1章 「農民社会」・「農民」・農業外労働——ムラの職業構造の事例から
第2章 チッタゴンのリクシャワラ——「ムラ」と「マチ」とをつなぐもの
第3章 都市と出身地——チッタゴンのリクシャワラ(2)
第4章 コロニーの生活——チッタゴンのスラムの人々(1)
第5章 コロニーにおける短期的人口変動——チッタゴンのスラムの人々(2)
第6章 「メス」の生活——チッタゴンのスラムの人々(3)
第2部 同郷会と地方史
第7章 バングラデシュの同郷会——分布についての検討から
第8章 同郷会組織——事例分析
第9章 地方史誌の分析——人々の「デシュ」意識を中心に
第3部 ムスリム意識 歴史と現代
第10章 バングラデシュ・ムスリムのアイデンティティ——歴史的素描と再検討
第11章 ムスリムである/ムスリムになる——アイデンティティの表出・確認・(再)創造
第4部 国家へ 地域性を超えて
第12章 フォトワバジ——バングラデシュ・ムスリム社会の新現象小考
第13章 フォトワバジ・NGO・イスラーム——グローバル化の中のバングラデシュ
第14章 バングラデシュ・ムスリムの自問自答——「フォトワ判決」をめぐる混乱から考える
補 論 バングラデシュのアトミズム/個人主義
結 論
付 録 バングラデシュ研究と本書の位置付け
あとがき
初出一覧
参考文献
前書きなど
まえがき
研究者ではない一般の方に「何の研究をしているんですか?」と尋ねられ、「バングラデシュ社会を研究しています」と答えると、「ふーん」と分かったような分からないような曖昧な表情をされることがしばしばである。時には「ああ、アフリカですか」との受け答えをされて、愕然とすることもある。嘘のように聞こえるかもしれないが、こうした応答をされた経験は一度や二度ではないのである。もっとも、最近ではそういう反応が返ってくるのにも慣れ、こちらにも以前ほどの驚きはないが。そこで、「インドとビルマ(ミャンマー)の間にある国ですよ。以前は東パキスタンと呼ばれていました」と説明を加えると、年配の方はなるほど、ようやく分かった、とばかりうなずくのだが、若い世代にはこれもどこまで通じたのか怪しいばかりである。悲しいことだがこれが現在の日本におけるバングラデシュ理解であり、バングラデシュの位置付けなのである。事実は事実として受け止めなければならないだろう。
本書は、そのバングラデシュの、しかもムスリムについての研究である。バングラデシュのことを知っている方(先の一般の反応からいえば、例外的な少数の人)でも、バングラデシュはムスリム人口が90%を超える国であり、イスラームを国教としているというと、たいてい「えっ」と一瞬絶句する。インドがヒンドゥー教と結び付けられているためと、東南アジアでは仏教が中心だということが広く知られているためであろうか。まさかその間にある国がイスラームの国だとは想像が及ばなかったのだろう。ただし、これは一般の方ばかりではないようだ。バングラデシュ社会についてのこれまでの研究を見ても、特に日本では(一部の例外を除けば)同国のムスリムに焦点を当てた研究は極めてまれだった、との事情がある。
もっとも、他人のことばかりあげつらうわけにはいかない。筆者も初めてバングラデシュに行った当時(1988年)は、それ以前に訪れたことがあるインドでの印象に引きずられ、もう少し違った社会をイメージしていたのだった。ところが、同国の地方部に住み始めてすぐに、これは認識を改めなくてはいけない、ここはまさにイスラーム社会そのものだ、と痛感させられる出来事に次々に直面するようになった。本書は、そうして認識を改めた後に、できるだけ冷静かつ可能な限り客観的にバングラデシュ社会を眺めてみよう、理解してみようとした積み重ねの結果をまとめたものである。それがどこまで成功しているか、また、どのように受け止められるのか、それは読者の方々の判断に委ねるしかない。ただ少なくとも、バングラデシュについて知ろうとする人々が本書を手に取ってくれて、その結果、同国とそこに暮らす人々について理解する一助になるのであれば、本書の目的は達せられたことになる。
2005年6月20日
高田 峰夫