目次
第1章 招待
第2章 視線
第3章 そんな男
第4章 永劫回帰
第5章 デッドライン
第6章 自警団
第7章 リベンジ
第8章 今日も晴れ
作家の言葉
参考資料
日本の読者のみなさんへ
小説『ハヨンガ』の背景にあるもの 北原みのり
訳者あとがき 大島史子
前書きなど
日本の読者のみなさんへ
この小説を書いた二〇一七年当時、韓国の女性たちは非常に熱い夏を過ごしていました。ほぼ十カ月あまりにわたって数十万名の女性たちが通りに出て、女性の安全と生命を危険にさらす暴力に抵抗する声をあげていたのですから。じりじり灼けつくようなソウル・光化門のアスファルトの上で真っ赤なTシャツを着て「性暴力で死んでいったあなたが、私だ」と叫んでいたその波を、私は忘れられません。
この動きは通りのパフォーマンスに終わりませんでした。全国的にフェミニズム読書会が作られ、大小さまざまな反性暴力デモが行われ、ジェンダー暴力の被害者を支持する連帯の波が起きました。真実を聞く準備のできた「耳」ができると、被害の「声」が溢れ始めました。自らが身を置く共同体内の性暴力を告発する「#MeToo運動」の始まりでした。
十代の青少年たちが教育現場での性暴力を告発し、創作過程で女性俳優とスタッフに性的いやがらせや虐待を加えた文化・芸術界の人たちが罪を問われました。スポーツ界も例外ではありません。
社会のほぼすべての領域で当然のこととされてきた性的いやがらせの慣行、なんてことのないささいなこととみなされてきた「親密さの表現」だった行動が、実際はそれこそ暴力と侮辱にほかならないという事実に今、社会が気づいていっているところです。
フェミニズム・リブート Feminism Reboot と名づけられた強力にして切迫した波の出発点には、二十代、三十代のオンラインフェミニストたちがいます。
私はこの小説を書く前、オンラインフェミニストたちの活動を記録した本の出版に携わりました。平凡なネットユーザーだった女性たち、いえ正確に言うとオンライン空間で繰り広げられる女性蔑視と性的な侮辱に耐えてきた数多くの女性たちがフェミニストとなっていく、驚くべき過程に接することになりました。
そして私を存在論的変化に追い込んだ、あるサイトがありました。
それが、ソラネットなのです。
ソラネットはあらゆる想像を超える女性虐待の現場でした。単に女性の体を持っているという理由だけで、世の女性たちがみなあざ笑われ、蔑視され、殺されていく現場でした。
女性ネットユーザーたちはソラネットで繰り広げられる性暴力を目撃し、まずは衝撃を受け、それから怒りを覚え、さらにはこの地獄を放っておいてはならないという声をあげ、そしてこのサイトを閉鎖させるため果敢に行動したのです。
平凡な女性たちはフェミニストになるほかなく、戦士になりました。女性は家父長制社会の現実に直面して戦士となるのです。
結局ソラネットは閉鎖されました。しかしソラネットを可能にしていたもの、女性に対する侮辱が必要とされる性的ファンタジー、女性の体を搾取する性産業システム、隠し撮りしネットに上げて金を稼ぐ人々に対する不十分な処罰などの課題は、依然として残っています。
それでも絶望はしません。
いまや私たちは何を変えるべきか知っており、少しずつ変えていっており、その過程をともに歩む疲れ知らずの戦士たちもいるのですから。
日本の読者のみなさんは私にとって特別な存在です。
韓国の性産業の大部分が日本のものと共有されているからです。
ソラネットとその類似サイトで消費されてきた韓国の性搾取映像は、当局の規制が厳しくなると日本のものと偽って流通され続けます。
さらに暴力的で虐待の深刻度が高い映像が、韓国ではなく日本で制作されたという理由で法の網から抜け出ています。韓国であれ日本であれ国籍や容姿に関係なく、誰しも体を搾取されてはならないという点を、私たちは覚えておかなければなりません。韓国の女性が性的搾取の対象となればほかのどの国の女性も安全ではいられず、日本の女性が性暴力にさらされたならば韓国の女性もまたそうなるほかないことを、忘れてはなりません。
女性たちが国際的に連帯するとは、そういうことではないでしょうか。本作がそのような連帯の小さな糸口となることを祈っています。
現実の怒りと絶望を踏み越えて立ち上がり、声をあげ現実を変える力を得られますよう、決して遠くない韓国から応援の気持ちを込めて見守っています。
2021年4月 作家 チョン・ミギョン