内田裕介さんの書評 2018/07/06 4いいね!
著者の長尾医師は在宅医療(=最後は自宅で死を迎える)のエバンジェリストといっていい存在だが、本書の驚くべき点は、その在宅医療が失敗したケースを詳細に検証しているところだ。
きっかけは、長尾氏の本を読んで感化され、肺がん末期の父親を自宅で看とった娘さんからのクレーム。
父親は死の間際とても苦しみ、在宅医も駆けつけてくれなかった。病院から連れて帰ってこなければこんなに苦しまずに済んだ、長尾の本など信じなければよかった・・・という悔恨である。
たとえ医師の側からみて100人中99人の看取りがうまくいったとしても、患者と家族にとっては自分たちのケースが唯一無二のものだから、失敗したら患者と家族にとっては失敗率100%であり、長尾氏の主張は100%誤りだ。騙された・・・と思うのも無理はない。
しかし、人間は身体も環境も考えも、そして運も一人一人全部違う。
100人に1人、在宅医療がうまくいかなかったからといって本来、責められる筋合いはない。医師がそう考えても不思議はない。
そこに見えている「景色」の差がある。
医師には医師の、患者には患者の、家族には家族の「景色」がある。それぞれがそれぞれの立ち位置から違う景色を見ている。
それら景色は十分に時間をかけて話し合うことなしには、決して重なることはない。
不幸にしてこのケースでは、父親が亡くなる前に十分な話し合いを持つことができなかった。
遺族の娘さんの悔恨は、ここがルーツだった。
本書は、それを伝えたくて、あえて在宅医療が後退するかもしれないテーマ=美談だけではない現実に踏み込んだ。
それは、たった1%の失敗であってもなかったことにはせず、患者と家族の気持ちにきちんと向き合う、という医師としての覚悟だと思う。
その姿勢に対して敬意を表したいと思う。
将来患者となったとき、将来患者の家族となったとき、自分自身は自分の見えている景色をどう説明したらいいのか、そういうことをあらためて考えさせられた。
人間であれば100人が100人、避けて通れないテーマだ。必読である。
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