目次
はじめに 〈冬枯れの光景〉によせて
第一部●部落差別の実相と現況への考察〔部落差別実態認識論〕
第一章…自己史にみる部落差別の実相
第二章…部落差別の実態変化と解消過程に関する認識
第三章…部落差別を生み出し温存・助長する社会的背景への考察
第二部●部落解放運動の歴史と現状への考察〔部落解放運動論〕
第一章…部落解放運動の史的展開とその特徴
第二章…新たな部落解放運動への転機と模索
第三章…部落解放運動の光と影―取捨選択への決断
閑話休題〔忘れえぬ人と出来事〕●
第一章…連立政権下での「基本法」制定運動と激闘の二年間
第二章…上杉佐一郎委員長―その思想と行動
前書きなど
はじめに 〈冬枯れの光景〉によせて
「冬枯れ」ということばは、色も臭いもなく寒風にさらされる黄土色以外に何もない寂寥感ただよう風景を連想させる。だが、美しいのである。限りない魅力を秘めた美しさがある。実りの饗宴の時期も過ぎ去り、華やかで鮮やかな色彩も失せ、一切の虚飾が剥ぎ取られた単色の光景が広がる。
肉眼に映るこの単色の光景は、一見寂漠とした荒涼感が漂うように見えているが、春に向けての再びの輝きの命と息吹のすべてを静かに包み込んでいるのだ。心眼がそれを感じ取るとき、冬枯れの光景はどうしようもなく愛おしいほどに美しい。
私の常なる心象風景としての「冬枯れの光景」は、生まれ育った故郷への捨て去りがたい郷愁の念と、自らの生涯をかけて没頭した部落解放運動への深い愛着の念に重なり合っていく。
現在の部落解放運動の状況をみるとき、あたかも「冬枯れの光景」の観を呈しているかのようである。
水平社時代の苦難に満ちた闘い、戦後の国策樹立を求めた闘い、同対審答申・「特別措置法」時代の破竹の勢いをみせた闘い、多くの歴史的成果を結実させながらも、運動的にも組織的にも困難な状況に立ち至っている今日の闘い。それは「冬枯れの光景」である。
だが、九〇年余にわたる長い闘いの歴史のなかで、多くの人たちの血と汗と涙によって耕されてきた部落解放運動の土壌は、再生への力強い種子を豊富に内蔵しており、芽吹きの時季を辛抱強く待っている肥沃な土壌である。それが「冬枯れの光景」である。
部落解放運動は、「人間の血を涸らさぬ」運動である。それが九〇年余の運動を継続させてきた力の源泉である。考えてみると、自分自身がこの長い部落解放運動の歴史の半分以上にわたって、第一線に身を置いて歴史を刻んできたことになる。
その自覚と責任において、自分が歩んできた部落解放運動の道程を振り返り、その「苦さと甘さ」も含めた教訓を同時代の人たちと共有し、若い世代に継承していくことは、自らの任務であるように思われる。ただ、「真理は全体である」ということばがあるように、私の経験や知見は限定的であり、限界があることも承知している。それゆえに、大上段に構えた「提言」などではなく、一人の人間として沈思黙考を重ねた本稿が部落解放運動のこれからのあり方にかかわった議論に何らかの一助になればという思いである。それが、「黙示的考察」の所以である。恥を忍んで一筆を啓上した次第である。