目次
用語集
序章 本研究の概要
0.1. 研究の目的
0.2. 研究の視点―包摂と排除をめぐる議論とムスリム・マイノリティ―
0.3. 先行研究との関係
0.4. 研究手法
0.5. 研究の意義
0.6. 本書の構成
第I部 シンガポールの多人種主義とムスリムをとりまく状況
第1章 シンガポールの多人種主義
1.1. シンガポールの政治体制
1.2. 多人種主義の概念とその成立の経緯
1.3. 多人種主義の具体的な政策
1.4. 多人種主義が持つ意味
1.5. 多人種主義の課題
1.6. 小括
第2章 シンガポールのムスリムをとりまく状況
2.1. シンガポールのムスリムの概況
2.2. ムスリムの宗教実践の支援とイスラームの管理
2.3. 小括
第Ⅱ部 社会的格差、差別、ムスリムとしてのアイデンティティに関わる問題
第3章 社会的格差と差別
3.1. 社会的格差
3.2. ステレオタイプ・差別とその影響
3.3. 問題解決への取組みと課題
3.4. 小括
第4章 ヒジャブに対する規制と差別
4.1. シンガポールのムスリムにとってのヒジャブ
4.2. ヒジャブ規制の論議をめぐる経過(その1)―2002年のヒジャブ論議―
4.3. ヒジャブ規制の論議をめぐる経過(その2)―2013~14年のヒジャブ論議―
4.4. ヒジャブ規制問題の論点
4.5. ヒジャブ規制に対する政府の認識とムスリムのリーダーの対応
4.6. 小括
第5章 イスラームの教育・普及をめぐる問題
5.1. マドラサをめぐる問題
5.2. 過激主義の台頭を受けた「穏健なイスラーム」の普及
5.3. イスラームの教育・普及とムスリムの包摂
5.4. 小括
第Ⅲ部 過激主義への対応に関わる問題
第6章 過激主義防止対策をめぐる問題
6.1. 過激主義防止対策の始まり
6.2. 宗教指導者による過激主義防止対策の内容
6.3. 宗教指導者による過激主義防止対策の問題
6.4. 小括
第7章 宗教間の交流と「過激主義」の言説をめぐる問題―ムスリムがクリスマスの挨拶を避けることについて―
7.1. 保守的な宗教実践と外国の影響
7.2. 「過激主義」をめぐる言説
7.3. 「クリスマスの挨拶を避けること」に関する議論
7.4. 「過激主義」をめぐる言説の問題
7.5. 小括
第8章 民族・宗教間の交流・対話と相互理解をめぐる課題
8.1. 地域社会における交流・対話の取組み
8.2. 宗教関係者による交流・対話の取組み
8.3. 相互理解に向けての課題
8.4. 小括
終章
9.1. 研究の目的を振り返って
9.2. 個別の問題からみるムスリムの包摂と排除
9.3. 近年の政治変動とムスリムの包摂と排除
9.4. 結論―ムスリムにより包摂的な社会に向けて―
参考文献
資料
聴き取り対象者一覧
参加行事一覧
シンガポールのムスリム(マレー人)に関わる出来事(略年表)
謝辞
索引
前書きなど
序章 本研究の概要
本研究が対象とするのは、シンガポールのムスリム、つまり、「イスラーム」という宗教を信仰する人々の包摂と排除に関わる問題である。シンガポールのムスリムに関わる政治・社会問題を包括的・総合的に論じた研究としては、日本で最初のものと思われる。
シンガポールは、ムスリムに対し様々な制度上の配慮が行われる点ではムスリムに対し包摂的な社会であるが、なおムスリムの包摂をめぐる様々な問題が生じている。本研究は、シンガポールがマイノリティ(少数者)であるムスリムにとってより包摂的な社会となるための課題を提示するものであり、多文化共生に関する研究として位置づけることができる。研究手法としては、ムスリムの多様性に留意しつつ、様々な問題にムスリム社会が、特に、リーダーたちがどのように対処しているのかを政治社会学的観点から分析することで、シンガポールのムスリムの包摂と排除のメカニズムを明らかにするという形を取る。
関根は、人種・民族・エスニシティという社会学的・文化人類学的指標によって区分される人間集団の間では、情緒的な観点からの文化、言語、生活習慣等の維持、アイデンティティが問題になるだけではなく、政治的・社会的・経済的な面からの希少資源や地位をめぐる対立が生じることを指摘する。そして、そうした集団間の「政治的・社会的・経済的関係状況について探求する」ことを目的とする「人種・民族・エスニシティの政治社会学」が必要であると論じる(関根, 1994: 13-17)。
本研究は、同様の問題意識の下で、シンガポールにおけるエスニシティや宗教によって区分される集団間の政治的・社会的関係を探求し、集団間のより良い関係構築に向けての課題を提示する多文化共生研究である。特に、ムスリムを取り上げ、彼らの宗教的アイデンティティの問題だけではなく、ムスリムという集団への帰属が彼らの政治的・社会的な地位や利害にどのように影響するのかを論じる。シンガポールのエスニシティや宗教に関わる政治的・社会的問題は、ムスリムに限ったものではない。しかし、ムスリムの問題は、社会的格差や差別に関連し、隣国との関係や世界情勢の影響も受けるといった多面性を有し、エスニシティや宗教の管理の多様な側面が端的に表れることから、ムスリムを取り上げることは、シンガポールにおける多文化共生を研究する上で重要な意義を有する。
本章は、研究の目的、研究の視点、先行研究との関係、研究手法、研究の意義について明確にした上で、本書全体の構成を説明する。
(…後略…)