目次
はじめに
第1章 戸籍とは何か――「日本人」の身分証明
1 戸籍が証明するもの
2 監視する戸籍――個人情報の掌握
3 戸籍の「氏」が示すもの――「家名」に一元化された個人の名
4 国籍証明としての戸籍――戸籍に載れば「日本人」?
5 戸籍は世界無二の制度――欧米、中国の身分登録との違い
第2章 国籍という「国民」の資格――日本国籍と戸籍の密接性
1 近代国家における国籍――忠誠義務から個人の権利へ
2 日本の国籍法の誕生――血統主義の採用
3 「家」に従属する国籍――家族に求められる「血」の同一性
4 戦後における国籍法の改正――民主化と「日本人」の範囲
第3章 近代日本と戸籍――「日本人」を律する家
1 近代以前の戸籍の変遷――封建社会の人民台帳
2 明治国家形成における戸籍の意義――「元祖日本人」の画定
3 戸籍とは「家」なり――家族と「国体」をつなぐ戸籍
4 戸籍の純血主義と家族主義――退けられた個人主義
5 領土画定と「日本人」の拡大――戸籍による蝦夷地・琉球の「日本化」
第4章 植民地と「日本人」――戸籍がつかさどる「民族」「国籍」「血統」
1 植民地における「日本国籍」――国籍に表れた強者の論理
2 帝国における戸籍のモザイク――「日本人」のなかの「外地人」
3 「民族」を左右する戸籍――「血統」を食い破る家の原理
4 越境する「帝国臣民」と戸籍――「日本人」を創出する戸籍の諸相
5 満洲国の「国民」とは?――在満「日本人」の国籍と戸籍
6 皇民化政策の急所であった戸籍問題――守るべきは内地戸籍
第5章 戦後「日本人」の再編――「帝国」解体と「帝国臣民」の戸籍と国籍
1 旧植民地出身者の「外国人」化――内地戸籍が「日本人」の証
2 戦後「日本人」の回収――引揚者と戸籍
3 戦後沖縄と戸籍――「日本人」への復帰と戸籍の再製
第6章 戸籍と現実のねじれ――開かれた制度となるには
1 戸籍の差別主義のゆくえ――外国人と婚外子に対する壁
2 「国民」の資格をめぐる境界線――問われる日本の国籍政策
3 東アジアにおける戸籍の帰趨――韓国・台湾における身分登録制度の変革
おわりに――「民族」「血統」「国籍」というフィクション
注
あとがき
索引
前書きなど
はじめに
本書の課題と構成
(……)
本書の基軸をなすのは、近代国家の政策において国籍のみならず「民族」「血統」といった概念が、戸籍制度といかに結びついて操作されてきたかという視角である。ここから、日本の近代国家としての出立から戦後の帝国の解体を経て現代に至る道程において、戸籍がいかなる思想と機能をもって「日本人」なるものを観念と実態の両面において支配しようとしたのかを歴史的に検討するところへ向かう。その上で、「日本人」とは何なのか、「日本人」にとって戸籍のもつ意味は何かを問いなおす。
本書の構成は以下のとおりである。第1章では、そもそも戸籍とはいかなる制度か、何を証明するものなのかを概観する。そこから、戸籍が個人の生活にどのような権力作用を及ぼし、現代の「日本人」を拘束する秩序と化しているのかという問題性を指摘したい。その上で、外国の身分登録と比較したときの戸籍のもつ特異性を浮かび上がらせてみたい。
第2章では、まず近代国家における国籍の意義を近代の思想史的文脈をおさえつつ概観した上で、明治から戦後に至るまでの日本の国籍法の歴史を振り返る。ここでは、「日本国籍」というものが戸籍および家制度とどのような不可分の関係に置かれたのか、そして日本の国籍概念の基軸をなす血統主義はいかなる理由で政治権力の採用するところとなったのかという問題に焦点を当てる。
第3章では、近代日本国家において戸籍が「日本人」を国民として統合していく歴史を検討する。ここでは、(1)近代日本の「国民」の創出において戸籍法の制定がなぜ要請されたのか、(2)戸籍に載る者が「日本人」であるという規範はいつ生まれたのか、(3)戸籍は家制度と結びつくことによっていかに「日本人」の「血統」や「家族」をめぐる制度と倫理を創出してきたのか、また、そこでは近代の個人主義思想との間でいかなる思想的対立がみられたのか、(4)明治日本の領土が画定したときに、北海道・沖縄といった新領土に戸籍法がどのように導入され、そこに生きるアイヌや琉球人はどのように「新日本人」として戸籍の秩序に組み込まれたのか、これらの問題を検討するが、なかでも、個人を拘束する家制度のメカニズムの解明に重点を置きたい。
第4章では、日本の帝国統治における戸籍と国籍をめぐる日本政府の政策や方針をたどり、日本の対外膨張において、植民地の人々はどのように「日本人」に編入され、そして支配されたのかを、満洲国をはじめ日本の侵出した中国領域までを含めた帝国の空間的なつながりを軸にして検討したい。とりわけ、帝国日本における「日本人」「朝鮮人」「台湾人」といった概念がはたして「民族」や「血統」を基準としたものであったのかという本質的問題を日本の政治権力が展開した戸籍政策を通して明らかにしたい。
第5章では、戦前日本における戸籍制度を擁した統治政策が、戦後の「日本人」の再編成にいかに結びついたのかを検討する。とりわけ、植民地統治における戸籍政策が戦後の旧植民地出身者の国籍処理とどのようにつながり、いかなる問題点をはらんでいたのか。また、敗戦という未曽有の非常時に直面し、領域や法域といった概念が混沌としていた戦後日本において、旧植民地および満洲国からの引揚者、そして米国の占領下に置かれた沖縄の人々がどのような法的地位に置かれ、日本の戸籍政策を通じてどのように「日本人」へと回収されたのか、これらの問題を扱う。
第6章では、前章までの考察を踏まえつつ、国境や国民という概念が従来よりも多元的・弾力的になりつつある現代において、ますます多様化、そして国際化の一途をたどる個人および家族の実態から戸籍法と国籍法に求められている改革はどのようなものであるかを考えてみたい。ことに戦後において日本と同様の戸籍制度を維持してきた韓国および台湾ではそうした現実に対応して戸籍法がいかなる変革を迫られたかを取り上げ、日本の戸籍制度の現状と対照させてみたい。
以上の考察によって、戸籍という装置が対外的および対内的に「日本人」なるものを創り出してきた歴史を通して、「国民」「民族」「血統」とはいかに政治権力によって操作されるものであるのかを見つめなおすことで、現代国家における共生社会を築いていく手がかりを探るのが本書の意図するところである。