目次
まえがき
I 少子高齢化
第1章 少子化問題――子どもは個人のもの? 社会のもの?
第2章 少子化を左右するジェンダーと婚外子――単親家族時代を迎えて
第3章 高齢化社会と年金制度――老後の不安
第4章 公的介護保険制度――直面する課題とその克服
第5章 介護ボランティアと徴兵制――人質に取られた若者たち
【コラム1】福祉・介護ロボット
II 社会福祉のセーフティネットワーク
第6章 社会福祉の伝統――ボランティア精神
第7章 社会福祉政策のパラダイムの変換――ハルツ改革の行方
第8章 失業率と経済指標の改善――アジェンダ効果
第9章 広がる経済格差――どこまで容認?
第10章 社会扶助の具体的事例――どれくらいで生活できるのか
【コラム2】失業給付の不正受給
【コラム3】ドイツの労働状況私見
III ここが違う ドイツ人の暮らし
第11章 消費税19%――高いか、低いか
第12章 雇用形態とワークシェアリング――就労促進と共生の知恵
第13章 労使の共同決定システム――社会民主主義の伝統
第14章 ドイツ人の休暇――どこへ行くのか
第15章 食料自給率と農村の活性化――農業・自然・ツーリズム
第16章 食の安全と消費者保護・食品安全庁――自然志向のドイツ人
【コラム4】押す文化と引く文化
IV 転機に立つ教育
第17章 移民の義務教育現場――苦悩する教師
第18章 PISAショックとその対応――気になる成績結果
第19章 独仏共通歴史教科書――恩讐を越えて
第20章 アビトゥアの実際――受験戦争なんて知らないよ!
第21章 転機に立つ大学――グローバル化と競争原理
第22章 職業教育と現代のマイスター制度――変貌する伝統
【コラム5】インタビュー・母親が語る「ドイツの小学生」
V 進化する環境政策
第23章 ゴミ問題とリサイクル――制度で徹底化
第24章 CO2排出削減と原発政策――岐路に立つドイツ
第25章 パーク・アンド・ライド制――車社会と歩行者天国
第26章 カーシェアリング――ドイツ的合理性
第27章 環境税導入の効果――税の行方
第28章 右肩上がりの環境産業――循環型エネルギーを目指して
【コラム6】「グリーンマネー」のGLS銀行
VI 外国人との共生
第29章 移民のバックグラウンドを持つ人びと――多文化共生の課題
第30章 ドイツ社会に根づく移民たち――2世、3世の時代
第31章 移民と国籍取得テスト――難易度だけでない狙い
第32章 外国人と共生できるか――ナショナリズムの克服
【コラム7】「サッカー・ワールドカップ」における陽気なナショナリズム?
VII 歴史認識と政治の特色
第33章 再統一の光と影――誤算の後始末
第34章 戦争責任と歴史認識――重荷を背負って
第35章 「基本法」とネオナチの戦い――ドイツの良心
第36章 連邦制と地方分権の仕組み――住み分けの論理
第37章 大連立政権と左翼党の躍進――連立のきしみ
第38章 防衛政策とPKO――ヨーロッパ大陸に位置して
【コラム8】ヴァイツゼッカー元大統領との再会
VIII ドイツとEUの行方
第39章 ドイツのアイデンティティとEU――ドイツ人か、ヨーロッパ人か
第40章 EUの歩みと現在――トルコ加盟の是非
第41章 EUの多言語政策とドイツの外国語授業――複数言語の尊重
第42章 EU域内自由化の光と影――自由化と資本の論理
第43章 国境を越える教育のEU化――ボローニャ宣言
第44章 EUの政治統合の行方――ヨーロッパ合衆国の夢
【コラム9】よみがえるカントの平和論の理想
XI トピックとしてのドイツと日本
第45章 ワーキングホリデー――若者のドイツ体験
第46章 活躍する日本企業――高級品は日本製
第47章 日本食ブーム――ダイエットに効く?
第48章 日本車の顧客満足度――圧倒的な日本車の実力
第49章 日本アニメの受容――日本の新しい文化
第50章 市民による日独地域交流――草の根のボランティア
【コラム10】ラインの古城と宮古島の城
あとがき
参考文献
写真出典一覧
前書きなど
あとがき
本書を執筆中の2008年後半の世界経済は、まさしく激動の連続であった。穀物価格の高騰に始まり、アメリカのサブプライムローンに端を発する金融不安、投機マネーによるバブル崩壊、石油の価格の乱高下、アメリカ自動車メーカーのビッグスリーの経営危機など、信じられないニュースがわれわれにも伝わってきた。アメリカ経済の落日は、大国の覇権主義やドルの世界支配の行き詰まりを意味するが、それは金融資本の投機マネー運用への警告であり、ひいては大量生産、大量消費という近代物質文明への反省を迫るものでもあった。
われわれはドイツのアクチュアルな状況を追っていたけれども、このような世界経済とドイツ経済も密接に連動していることを実感した。世界の金融危機、ドバイの石油バブル崩壊、アイスランドの金融ビジネスの破綻、輸出貿易国の苦境、これらの衝撃がドイツにも押し寄せ、公的基金の注入を余儀なくされた。2008年11月には連邦政府は、500億ユーロの大型景気対策の手を打たざるをえなかった。
たしかにグローバル化の波はドイツをも襲ったが、大連立政府はEUをさらに推進させ、この連合体を将来の経済的・政治的ブロックの橋頭堡としようとしている。金融危機に対してユーロの信頼性が増し、EU内の非ユーロ国でも、ユーロ導入を促進しようとする動きもみられる。さらにドイツ国内ではモノづくりを原点にする製造業重視、太陽光発電、風力発電などの環境対策によって、GDPの底上げ、雇用の拡大に活路を見出している。福祉に対する独自のセーフティネットの取り組みも、やはり注目すべき点がある。
ドイツは、日本にくらべてはるかに高い税負担や、経済の空洞化、労働コストの高騰にあえいでいることも事実である。また外国人問題、少子高齢化時代の対応も万全とはいいがたい。しかしそれでも理念を打ち立て、近未来の目標を定めて、実現に向かって一歩一歩前進していく様は、やはり哲学と思索の国の伝統を感じざるをえない。
いうまでもなく、本書で引用した統計データは1年後には大幅に塗り替えられるであろう。またドイツ政治も変動しているはずであり、さらに格差社会が拡大していくことも予想される。本書の執筆中に見えてきたことは、現在を動かしている経済、政治、社会のメカニズムである。とくにドイツにおいては、「社会的市場経済主義」への信頼感が強い。それは新自由主義と政府のコントロールという両極の綱引きであるといえる。
2009年の年頭のテレビ演説において、CDUのメルケル首相は、「社会的責任意識のない過度の金融主義、中庸と節度の欠如が、世界を危機に導いた」とモラルのない金融資本主義や、銀行経営者の責任に鋭く言及した。新自由主義の行き過ぎの問題と、政府主導の力学という本質を押さえておけば、本書の分析は近未来のドイツの動向を知るうえで、有益であると信じている。
ドイツは2009年に総選挙を迎える。その際、経済政策、格差社会対応、とくに「アジェンダ2010」の延長線上の政策が問われることになる。政治は経済や社会と密接に連動しているが、ドイツはどのような道を歩もうとしているのか。そのポイントは次の3点になるであろう。
1.CDUとSPDは大連立内閣を維持できるかどうか。もしそれを継承した場合、大連立内閣は構造改革と新自由主義的路線によって、制度改革の推進、企業の活性化、雇用の拡大を目指すことができるのか。
2.あるいは人心は、格差問題を重視し、弱者への補助金の増額、社会保障、福祉の充実を要求する左翼党の方向性へ振れていこうとするのか。ただし左翼党は批判政党の役割を果たしているが、将来展望、財源の確保については不透明である。
3.連立の組み合わせの変化や支持政党の地殻変動の可能性は存在する。その場合、少数政党の存在が重要になり、第1党が過半数を取れなければ、もちろんこれらの政党がキャスティングボートを握ることになる。とりわけ「緑の党」とFDPが重要な役割を果たすが、もし左翼党との連立の場合、第1党は大きな決断を迫られることになるであろう。
この左右の振り子がどちらに動くか、それを決するのはドイツ国民の意思如何によるが、結果がいずれに振れるにせよ、本書で指摘した現代ドイツの直面する状況は、日本を含めた近未来のあり方を把握するうえで、十分指針になるものと考えている。なお末筆になってしまったが、本書の編集については明石書店の兼子千亜紀さんに大変お世話になった。記してお礼の言葉を申し上げる。
2009年7月 浜本隆志/柳原初樹