目次
はじめに(編著者)
第1部
第1章 東アジアのトランスナショナル・コミュニティと知識共創のメカニズム(林 倬史)
第2章 グローバル化する東アジア経済と市民連帯(郭 洋春)
第3章 アジア通貨危機と資本移動(内野好郎)
——資本移動がインドネシア、マレーシアに及ぼした影響
第2部
第4章 在日朝鮮人と帰還問題(マーク・E・カプリオ)
——一九四五〜一九四八年
第5章 「永続的ソジョナー」という生き方(坪谷美欧子)
——滞日中国人の帰国の「成功」と「中国人性」へのまなざし
第6章 移住労働者とホスト社会が切り結ぶ「市民社会」(小ヶ谷千穂)
——シンガポールにおける最近の動向から
第7章 タンザニア人交易人のタイでの活動(栗田和明)
——実例の分析から
第8章 イギリスの南アジアのコミュニティ(佐久間孝正)
——女性の運動組織に注目して
第3部
第9章 北タイにおけるNGO活動の歴史的展開(田中治彦)
——住民参加型開発への移行とその課題
第10章 現代都市とローカル・エスニック・コミュニティの動態(大橋健一)
あとがき
参考文献
前書きなど
はじめに
1 本書の位置づけ
本叢書第三巻は、二〇〇四年に設立された「平和・コミュニティ研究機構」に参加する学部、大学を超えた学際的なメンバーによる研究の成果である。各章の多くは、メンバーによる最新の研究成果はもちろん、同研究機構主催によるフォーラム、ワークショップ、セミナー、およびシンポジウムでの報告や討論をベースに書かれたものである。
二一世紀の新段階における「平和とコミュニティの諸相」の解明をめざす本書は、『東アジア安全保障の新展開』(平和・コミュニティ叢書1、明石書店、二〇〇五年)、及び『平和とコミュニティ』(同叢書2、二〇〇七年)に続く、本研究機構の新たな研究成果である。今回の理論的課題は、「コミュニティ形成と平和の構築」の視点をベースに、「アジアにおける平和構築のためのトランスナショナル・コミュニティ」の問題を、「移動するアジア——経済・開発・文化・ジェンダー」からの解明を試みている。「移動するアジア」には、いくつかの意味が込められている。
一つは文字通り人や資本、商品、サービスの「移動」である。従来、アジアが世界の話題になるのは、植民地からの解放闘争や国家の分断、人権抑圧のような、どちらかといえば政治的観点からは暗いイメージにおいてであった。しかし、近年のアジアに関する話題は、先端技術や沸騰する経済という形で、アジアの隣接諸国家や世界経済を活性化させるようなプラスの面においてである。一昔前まで戦場と化していた国境が、現在は原材料を高く積んだ車で溢れるようなことは珍しくない。飢餓や人権抑圧のような問題が、アジアから一掃されたわけではないが、近年のアジアのキーワードは、多領域にわたる交易の活性化、「移動」である。
二つ目は「移動」による緊密な連携が、過去とは比べ物にならない形でアジアの物理的・容積的な密度を拡大・発展させ、各国間の点的な結びつきを線的、面的なものへと転換させつつ、欧米諸国とも有機的な連携を深め全世界に拡大・伸張しているという事実である。日本はもとより、多くのアジア系企業が海外進出、海外移転、現地生産を行うためアジア圏はもとより、非アジア圏に進出し「移動するアジア」が世界的規模で起きている。まさに「移動」「躍動」するアジアである。
三つ目はアジア圏の空間的・容積的な拡大がバラバラになされるのではなく、目標としては「統合」が目指されていることである。いきなりEUのようなレベルは無理としても、そのような「統合」が将来の目標とされるまでに現実味を帯びてきている。統合の内容に関しては、東アジア共同体やアセアン+日中韓、APEC(アジア太平洋経済協力会議)などの政治的な駆け引きも盛んだが、アジアの経済力の増大につれて、アジア以外のオーストラリア、ニュージーランド、さらにアメリカまでもが、躍動するアジアとの関係なくして将来はないというほどまでに意識している。それだけにアジア各国間の「統合」のあり方が、アジア諸国家の共通の目標になっている。ここでもまた「移動するアジア」が顕著である。
本シリーズ共通の問題意識には、アジアにもEUのようなリージョナルな国家連合はいかにしたら可能か、という点である。人々のアイデンティティは、地域のローカルなものから、近代国民国家の成長とともにナショナルなものへと発展し、さらに近年は経済のグローバル化のもとで、近隣諸国を含む形でリージョナルなものとなり、さらにはユニバーサルなアイデンティティが展望されるまでになっている。ナショナルなアイデンティティがあまりに強すぎることは、国家主義を生み出し、さまざまな悲劇を繰り返してきたことは過去の歴史が証明している。
しかし、いきなり人々の帰属意識がユニバーサルなものとなるわけでもない。EU加盟国をみても、自国民意識を明確に持ちながら、同時にEU市民としての自覚を伴いつつ、それを媒介にしながらより広域の市民像の模索がなされている。無媒介に「世界市民」「地球市民」が可能なわけではない。その意味でもわれわれ「日本人」にとって、日本を包摂する東アジア共同体なり、アセアン+日中韓の存在は、大きな関心事にならざるを得ない。
このような時代に、平和やトランスナショナルなコミュニティのあり方を問うことは、具体的に経済や技術移転、文化、ジェンダー、開発のもたらす諸問題を問うことでもある。本書の副題に「経済・開発・文化・ジェンダー」と名づけられた理由でもある。
2 本書の構成と概要
本書は、内容的に三つのジャンルからなる。そこで以下の三部構成をとっている。
第1部は、広くアジアの経済がグローバル化することにより、新しい知識産業主義がどのように変化し、それがアジアの市民としての連帯にどのような影響を与えているかをみるものである。第1章(林)、第2章(郭)、第3章(内野)の各論文がこれに相当する。
(中略)
第2部は、第4章(カプリオ・マーク)、第5章(坪谷)、第6章(小ヶ谷)、第7章(栗田)、第8章(佐久間)によって構成されており、アジアないしはアフリカからアジアやより広域の地域への人の移動を中心とした問題に関するものである。
(中略)
第3部では、第9章(田中)、第10章(大橋)論文が指摘しているように、同じ人の移動や地域の変動のなかでも、開発や環境、観光をめぐる問題である。
(中略)
本書は、「アジアにおける平和構築のためのトランスナショナル・コミュニティ」の視点を共有化しながら、「移動するアジア」の多様な諸相を分析している。その結果、理論的にも実証的に明らかになった諸点と同時に、今後さらに論点を整理し、解明していくべき諸点をも残している。したがって、学生、研究者はもちろん、多くの社会人や市民の方々にも広く読んでいただき、こうした点に関してご指摘、ご示唆を賜れば幸いである。執筆者一同、それらの貴重なご指摘を、今後の研究に活かしていくことはもちろん、平和・コミュニティ研究機構全体の研究活動にも活かしていく所存である。
二〇〇七年九月
編著者